冬の旅
可哀そうなジェームズ。可哀そうなセブ。哀れな私。ジェームズの原動力はセブだということは皆知っている。セブがいないままでも騎士団に戻ってきた、その事実だけで楽観している。もうジェームズは大丈夫だと。どれほどの苦しみを乗り越えてきたか、そこは考えられていない。考えたとしてもわからないでしょうけど。人が人のすべてを理解することは永遠にできないんじゃないかしら。
たぶんジェームズはまたおかしくなる。そして、私もまた騎士団にいる原動力はセブだったんだわ。おそらく永遠にセブを失った今、もうどうでも良くなっているもの。
リリーたちはジェームズの家の前に降り立った。高原には雪が積もっていたというのにここは暖かい。
リリーはジェームズをできるだけそっとドアの横に凭れさせた。大の男を抱いたまま動くことはできなかった。重たくてかなり乱暴になってしまったが、ジェームズは気を失ったままだ。リリーは膝をついて、ジェームズの乱れた髪を撫で付け、衣服の乱れを直した。それでも痛々しさは変わらず、汚れた頬をそっと撫でた。ひどい失血で唇が紫になり、頬は白く雪風にさらされ続けたためかかさかさに乾いていた。それが一層悲しみを深くした。
リリーは一つため息をつくと立ち上がって、ドアノッカーを二回使い、「ドレア、リリーよ」と言った。
ポッター家の引っ越しはすみやかに行われ、ランチはなかったが結果的にジェームズはシリウスとリーマスに嘘をついたことにはならなかった。
シリウスはカトマンズのアジトについて報告した。ジェームズの危惧した通りヴォルデモートにつきとめられていたこと、そこでルシウスを見たこと、ルシウスの様子からこちら側の動きにヴォルデモートは気づいていないこと。
「ジェームズが言っていたアジトは早急に全部引き上げたほうがいい。誰が行ける?」
その後を議長のエメリーンが引き受け、素早く役割を決めた。
結局、シリウスはスネイプのことを口にしなかった。ルシウスとの抱擁が頭から離れない。ジェームズには見たままを話すしかない。あいつにごまかしはきかないから、正直に言うのが一番だ。
会議の話を聞き流しながら、シリウスはそう言えばリリーの姿がないと室内を見回した。
「おい、リリーは?」
隣に座るリーマスに小声で尋ねた。
「まだマナリーにいるんじゃないかな。たぶん引き払う準備をしてるんだと思う」
「ふぅん、珍しいな。あいつ、こういう場にはほとんど出てくるのに」
リーマスは呆れたようにシリウスを見た。
「あのね、会議に出るのは普通のこと。シリウスこそちゃんと出てよね! いつも僕がうるさく言わなきゃ来ないんだから」
「今日は出てるだろ」
「当たり前だろ。シリウスの話を聞くために集まったんだよ」
シリウスは無言で両手を上げた。降参、降参。
「帰りにジェームズのとこに寄って行く?」
「いや、たぶん俺らは行かないほうがいいだろ。ドレアが移住に納得したかわかんねぇしな」
庭にはドレアが大切にしている花壇があってそろそろ種やら球根やらを植える時期だ。庭の木々も見事に管理されている。住み慣れた家を離れるのも抵抗があるだろう。まぁジェームズが狙われていることを全面に出して押し切るだろうが。
「休み明けには出てくるってんだからほっときゃいい」
ジェームズがゴドリックに両親を移すことは誰も話題にしないところをみるとまだ騎士団には知らせていないようだった。基本的にジェームズはこちらの家に残るということだったし、どちらにしても誰も文句は言わないだろう。
「ジェームズはいろんなものを背負っているから大変だね」
リーマスはしんみりとつぶやいた。シリウスも珍しく曖昧にだが頷いている。親の期待、騎士団の期待。ジェームズならなんとかしてくれるという無言の圧力。みんなの思いに縛られている。
そうこうしているうちに会議は終わり、それぞれが役割を全うしようと動き出した。あちこちでアジト撤退の打ち合わせが立ったまま簡単に行われる。一度に何拠点も引き払うのは初めてだ。相当数が出払うことになるのだろう。
リーマスとシリウスも立ち上がり、帰り支度をする。二人はマナリーの担当となり、すでにリリーが先行していることから、打ち合わせがなくとも身一つで行けばいいと決めていた。その他のメンバーはジェームズだ。全員気心が知れている。うまくいくだろう。
「お前、身体の具合はどうなんだよ」
「ん? 何?」
「今朝、ジェームズにからかわれてたろ」
「えっ」
思わず大きな声を出したリーマスに視線が集まる。まだ部屋にはたくさんのメンバーが残っているのだ。シリウスはと言えば、関係ないとばかりにそっぽを向いていた。
「ごめん、なんでもないよ」
リーマスは赤い顔で謝りながら、シリウスの脇腹を肘打ちした。それに大した反応も見せず、シリウスは荷物をまとめるとメンバーに挨拶しながら部屋を後にした。
シリウスの後ろを歩きながら、「なんなんだよ、もう」とリーマスはぷりぷりと怒ったが「別に。お前が大丈夫なら今日もしたい」というシリウスの言葉に開いた口がふさがらない。
「ど、どうしちゃったの、シリウス。もうキノコのパスタなんて作らないから正気に戻ってよ」
思わず腕をゆさぶってしまった。
「あ? お前は俺をなんだと思ってんだ」
「いつもは聞いたりしないのに」
落ち着かないリーマスとは反対にシリウスの態度は平静そのものだ。チラリとよこす視線も落ちついている。
「聞いちゃ悪いか」
「わ、悪くないけど」
「けど?」
「なんか変」
シリウスは手の平で軽くリーマスの頭をはたいて笑った。その顔にリーマスの胸は高鳴る。
実際のところ、身体はだるかったがそれは心地の良い疲労感で、何より愛されたゆえのことだと思えば幸福感でおつりがくる。長年、二人の間にあった小さなトゲのような違和感はすっかりなくなり、今は二人でいることが自然だと思える。リーマスはふわふわした気分でシリウスの隣を歩いた。
まさか週明けにジェームズがゴドリックの谷に移住を決め、なおかつリリーとの結婚を機に騎士団の活動を控えると言い出すとはこのとき想像すらしていなかった。