二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

愛と友、その関係式 第25話第26話

INDEX|1ページ/7ページ|

次のページ
 
愛と友(ゆう)、その関係式
<下>終始

第二十五章 感謝の言葉

「あらん、今日はやけに客が多いじゃない?」
 ここははばたき学園の理事長室である。悩ましげな腰つきで、部屋の中央にしつらえてある豪奢なデスクへ腰かける性別不詳な格好をした男の名は花椿吾郎。はばたき学園理事長、天之橋一鶴の竹馬の友――いやさ親友である。
「お前も客だろう」
 やれやれとデスクに座って溜め息を吐く壮麗の紳士は天之橋一鶴その人だ。
 デスクの前には姫条まどか。更に部屋の出入り口である扉に佇むのは若王子貴文である。
 部屋へ入って来た順番は、姫条、花椿、若王子。
「理事長、俺はこの辺で」
 既に用事を済ましていた姫条は深く一礼した。
「ああ」
 理事長が片手をあげて微笑むのを確認し、姫条は踵を返す。それから若王子の横を通り過ぎ、再び天之橋へ一礼すると静かに扉を閉めた。
「いっかくぅ。彼ってば、ちょっと見ない間に青くささが抜けたんじゃナイ? 時間がそうさせたのかしらん。それとも――」
 花椿は紅をさした唇をにっと三日月ように引き伸ばす。
「なに、父親と少し譲歩しあっただけさ。彼はね、未成年ではできないことを知っていたらしい」
 含みがある言い方で天之橋は小さく笑う。デスクの引き出しを開けて、取り出したのは一枚の入学願書だった。
 察して、花椿は細い眉毛をピンと吊り上げた。
「一鶴と違って随分大人」
「いうじゃないか。……だが、言う通りだ。いなくなっては何も出来やしない、何もね。――おっと、すまない。若王子くん」
 気づいて天之橋は若王子へ視線をやる。
 若王子は微笑んで首を振った。
「いえ、気にしないでください。天之橋さんも花椿さんも元気そうで何よりです」
「ああ、ありがとう。若王子君はどうかね。ここの暮らしには慣れたかい?」
「――わかりません。まだ、街とか家とか概念があやふやですし」
 若王子の顔はとくに何をしなくても温和に微笑んでみえる。だから、言葉と表情の微妙なずれが異様な雰囲気を醸しだしていた。
 花椿はデスクから飛び降りると、若王子の顔を覗きこむ。
「相変わらずしけた目ぇしてんじゃない。生きるのが、そんなに面倒なのかしらん? 顔は好みなのにもったいないわねぇ」
 花椿は細長い指先で若王子の顎をなぞった。
「はは、ご期待にそえられなくて残念です」
 器が大きいのか、それとも何かしらの感覚が麻痺しているのか、ぴくりとも動揺しないで若王子は微笑んだ。
「やめないか、花椿。――彼だって色々あるのさ。そうだろう?」
 天之橋が同意を求めたのは花椿のほうだ。
 花椿は肩を竦める仕草をすると若王子から離れて窓の方へ佇むと、ブラインドの隙間から鼻歌交じりに外を眺めだした。
「気を悪くしないでくれよ、これでも心配しているんだ」
「はい」
「うん。――私はね、君が教師という仕事を与えられたのは神様の思し召しだと思っているんだ。もちろん、君が希望したというのもあるし、私が学園の理事長で口利きしやすかった面もある。だけど、君に必要なことを生徒達はもっている、そう思うんだ」
「……そうだといいんですけどね。僕が青春時代(無いもの)に憧れているのは否定しませんし、実際に楽しんでいる。でも――それはたとえば撫でられる猫と一緒なんだ。刹那的で、僕の中には何も残らない。過去を補正できたことにはならない。僕は何も変わらない。そんなものは只の慰めだって気づくんです。それから、そんなものに慰められなければいけない自分の惨めさも」
 天之橋は丸眼鏡の奥の目を細めた。
「もしかして、変わりたいのかな?」
「言われてみればそうかもしれません。僕は僕でなくなりたいんだ」
「そうか……。なら、やっぱり君を教師にしたのは正解だよ。ほらみてごらん?」
 天之橋は立ち上がると、花椿の横へ並んで手招きした。若王子が横へ並ぶと、ブラインドを指先で広げた。
「彼ら生徒は今を生きるのに精一杯だ。若さとは何ものにも染まってないだろう? だから、真っ白な雪に足跡を刻むように必死に自分だけの形をみつけようとしている。そう、彼らはまだ――彼らじゃない。君と同じで存在理由を探している……そう思うと気が楽だろう?」
「僕と彼らとは重ねた年月が違いすぎます」
「年月、か。――時間は案外と薄情なものでね。沢山の時間を重ねたとしても、全くもって無意味なことがある。また、その逆も」
 天之橋の言葉に、堪らず笑い出したのは花椿だった。
「それは一鶴の経験談?」
 天之橋は苦々しい顔をして笑った。
 和んだ空気、若王子は気づかれないよう嘆息する。
 ――それでも人が変わるのは難しい。僕は知りたい、その方法を――。

◆◇◆◇◆

 一日の〆に行われるSHRが終わると、天童壬はまっさきに教室を飛び出した。
 今日はファミレスで美奈子と勉強する約束だ。
 最近は学校へ登校するのが驚くほど楽しくて、今だって走ってはいるが気分はスキップである。
 ついこの間までこうじゃなかった。帰りのSHRなんて出なかったし、学校へ来るのだって出席日数の調整目的がほぼだった。それが今はほんの少し熱っぽくても登校するし、授業中のノートは書き込みすぎて真っ黒だったりもする。
 何より勉強すればするほど授業の内容をクラスの誰より真っ先に理解していく爽快感。難解な問題を理解したときの脳天を突き抜けて一本の筋が通る感覚、あれは最高だった。
 久しく忘れていた。――そうだ、勉強は嫌いじゃない。
 一変した生活は二年前の靄がかった暮らしが嘘のように晴れやかで、これが本当に自分なのかと自分でも信じられないほどだ。
 だが――。
 生徒玄関を飛び出して校門をくぐった所で天童は後ろを振りかえる。
 校舎は入学したときと変わらない姿で見慣れた景色に鎮座していた。
 心のしこりが一つだけあった。それは変わらない校舎のように、入学したときから、いや中学時代はじめて出会ったときから変わらない友達のことだ。
 天童の変わりように学校中の生徒や教師が噂している。
 だから、あいつの耳にも入っているはずなのだ。なのに、あいつは何も言ってこない。むしろ、天童を避けているきらいがあった。まあ、それは天童にも少しは当てはまることで一方的に責められる立場ではないのだが……。
 ――らしくねぇんじゃねえの?
 言葉が蘇る。みぞおち辺りがしくしくと痛んで、天童は顔をしかめた。
 裏切ったわけじゃない、わけじゃないけど――。
 このどうしようもない気持ちを言葉にしかけて諦めた。天童は再び前を向くと、美奈子の待つファミレスへと歩き出した。
 
 ファミレスへ着くと、制服姿の美奈子が既に奥の席で待っていた。ドリンクバーを一つ頼んで、教科書とにらめっこしている美奈子の向かいの席へ座る。
「おっす、美奈子。待ったか?」
 美奈子は顔をあげると、にっと笑う。
「大丈夫」
 ほどなくしてウェイトレスが来て、席へ伝票を置いていった。
「美奈子は?」
「アイスティー」
 天童は頷くと、カウンターへ行ってアイスコーヒーとアイスティーをグラスに入れると帰ってきた。アイスティーを美奈子の前へ置く。
 後に入った者が飲み物を酌むのは、ここ最近できた二人のルールだ。