無傷の11月26日
部室の窓が開いていた。
中から調子外れの鼻歌が聞こえてきて覗き込むと、鼻歌の似合わない男がせっせと部活動日誌をつけている。
「ヘッタクソだな」
窓越しに声をかけると大げさに机と椅子を鳴らしながらこちらを振り向いた。
「鷹匠さん!」
「最近機嫌いいじゃねえか。」
「そうですか?」
「お前の鼻歌なんか初めて聞いた。それにしたって下手くそだな」
「何度も言わないでくださいよ」
垂れ流していた音痴な鼻歌まで口に引っ込めて二度と漏らさないとでもいうように固く口を引き結ぶ。
見た目はいつもの無表情に近いが、夕日のせいか羞恥に染まっているのか、赤い顔が面白くて声を上げて笑った。
グラウンド脇を集団が歩く賑やかな声が聞こえて目を向けると、練習着姿の駆と目が合って気恥ずかしげに会釈をされた。
きっと駆は知らないだろう。兄の鼻歌もこんな顔も。
そして傑も、二人の出会いを知らないまま。