あるべきところへ
恥ずかしい過去とか、やりきれない気持ちが体の中で駄々をこねて手足をばたつかせている。そんなときの宥め方を知っていた。
小さい頃は食べてばかりいた。好き嫌いなくたくさん食べると大人に喜ばれた。よく食べて大きくなれと言われて横に大きくなったが、そのこと自体を深く悔やんだことはない。人一倍太い体も目立って面白いと思ったからだ。
でも、もっと気持よく目立てる場所も今は知っている。
台所の戸棚から持ってきた甘そうな菓子パンをじっと見つめて長めの髪をわしづかんだ。顔も髪質も、かつてはバレーボール選手だった母によく似ている。
遺伝したのは見た目だけではなかった。太った体に持久力はなかったけれど、運動神経。それもボールを扱うのは上手かった。見た目に反して上手くやれるとわかると仲間や親はちやほやされたし、嬉しかった。
でも、そんなことが後ろ髪を引くわけじゃない。
昼食から少し経って腹の落ち着いた時間だった。もうじき横浜のスタジアムでは選手権大会の準々決勝第2試合が始まる。鎌倉学館がベスト4をかけた試合だ。
見るつもりはなかったから部屋に引っ込んだ。きっと傑は出る。予選すら出場できなかった今大会は一試合たりともまともに見ていないが確信があった。人から鎌倉学館が勝ち進んだと聞くたび体の中で暴れ回る何かが大きくなっていった。
指先で触ったパンの袋を破ることなく机の端に追いやった。近頃食欲がない。ないといっても人並み以上には食べているかもしれないが、以前よりもこんなパンやジャンクフードが美味く感じなくなった。
食べても何も宥められない。間食で消費した空き袋が増えるごとに年末に会った傑の、信じられないっていう顔が浮かぶ。疑うような目で、そのくせ失望がありありと滲む。
一年前に別れたときには一人で怒っていたくせに、勝手だ。江ノ島に進学することを告げて絶交状態になったとき、もう気にかけてくれないんだと思った。
合宿所を飛び出してからも定期的にあった連絡がぱったり途絶えた。愛想を尽かした傑を振り向かせるには成績を残さなくちゃいけない。大丈夫だ。できる。
そう思って公式戦で会えるのを目指して。そして学校代表としての出場権をかけた校内試合で負けた。「やっぱりな」冷ややかな傑の声が聞こえるような気がした。
まさか、傑が毎年大した成績も残していない江ノ島高校の試合を見に来るなんて信じていなかった。もし腐らず来年にかけて辛抱強く部活を続けていたら、あんな胸を貫くような寂しい目を見ずに済んだだろうか。
リビングで試合を見ているらしい母親が歓声だか悲鳴だかわからない声を挙げた。我慢ならなくなって外に飛び出した。普段着ているダッフルコートじゃなくナイロンパーカーを引っ掛ける。
「竜一、出かけるの?」
「コンビニで肉まん買ってくる」
「さっきパンいくつも持ってったの、もう食べちゃったの?」
母親のおしゃべりを玄関扉で打ち切ってアスファルト舗装の地面を蹴りつけた。
胸の奥がたまらなく火傷痕みたいに疼く。こんな時の宥め方を知っている。
肺いっぱいに空気を吸って力いっぱい駆け出せばいい。