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あるべきところへ

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 これは二人の夢だ。だけど人生は一人のものだ。
 駆がマネージャーになると言い出したとき、無理強いはできないと思った。
 一年早く生まれて一年多くサッカーをやって、駆の経験したこともない大舞台も駆け抜けてきた。プレッシャーに負けそうになったり、ミスを悔やんだり、怪我やカードを受けて試合に出られず悔しい思いもした。
 でも、親友の膝が本来ありえない方向に曲がったところを見たことはない。断末魔も聞いていない。それをきっかけにシカトなんてされたことがない。
 合宿から帰ってきたら駆が塞ぎ込んでいた。しばらく留守にして帰宅して、弟の「おかえり」が聞こえてこなかったことは後にも先にもあの時だけだった。何か言ってやれば良かった。でも、そんな時に上手いセリフが出てくるほど大人じゃなかった。
 天才だとか、将来有望なんて言われたって中身は中学に上がったばかりの子供だった。弟のショックの深さも甘く見ていた。
 前十字靭帯断裂でそのままチームを抜けた親友が引越しでいなくなったあと、時間をかけて調子を取り戻した駆は兄と同じ中学校に進んだ。もちろんサッカーをやるためだ。サッカー部で友達もできて、熱心に練習をして。それから一年ほどで選手を辞めた。
 点を取るのが仕事のフォワードでありながらゲーム形式の練習になるとボールがまったくゴールに向かわなくなる。もがく姿をずっと見ていた。だから、納得行かない心のままマネージャー転向に頷いた。
 自分のことで手一杯で、弟を自分の体の一部みたいにケアすることはできなかった。
 二人の夢を諦めたわけじゃない。でも、弟は自分とは別の生き物だ。疲れた足を叱咤して走ることはできても、自分が心を強く、厳しく持っても駆を動かすことはできない。
 世界で一番大事に思っていたって、弟が思い通りになったことなんてない。
 予想もしないパフォーマンスをして驚かされることもある。ずっと見ていたつもりなのに知らないうちに新しいことを覚えて誇らしげに見せてくれたこともある。
 幼い頃に誓い合った夢を一人で捨てようとして兄の心を折ったこともある。

 信頼できる背中が欲しかった。勇敢に目の前を走る味方が。
 傑は自分が忍耐強い方だと思っている。物心ついたときには兄だったし、他所の家に比べても弟はよく懐いてくれたから喧嘩も少ない。
 年を重ねるごとにサッカーを通じて大人と交渉する機会も増えた。同時に抗議もできず不服を腹に溜め込むことも何度もあった。
 どうにもならないことに憤り続けるのって体力がいる。そのくせ大抵時間をかけても覆らない。だから諦めて別のことを考える癖がついた。
 弟を怒鳴ったのはいつ以来だろう。大人ぶる余裕がなかった。
「アイツの姿を見ただろ?!」
 強要したって仕方ない。なんて。冷静に考えられなかった。
 プレイヤーの道を捨ててマネージャーになると言い出したときもこんな風には言わなかった。
「鎌学でやりたくないなら外部受験も止めない。でも江ノ島はやめろ。江ノ島に行っても同好会じゃなく学校公認のサッカー部にしろ」
「兄ちゃんっ」
「せっかく…せっかくまたサッカーに戻ったのに。何だって荒木と同じ道を選ぶんだ」
 ほんの十五分前に見たのが荒木竜一本人だという実感が遅れてやってきた。中三の冬に喧嘩別れしたときよりずっと生々しい失望が物分りのいい兄でいさせてくれない。
 荒木がサッカーをしていないなんて。
「まだ受験まで時間はあるだろ。内部受験だったら何も準備は要らないんだ。考え直せ」
「同じこと言われた……」
「……?誰にだ」
 ねずみ色の地面に向かってこぼれた小さなつぶやきに対する質問を無視して駆は傑の袖をつかんだ。目の前から立ち去るそぶりはなかったけど、話が終わるまで逃がさないつもりで手に力を込めた。
「江ノ高FCは確かに同好会だけど、兄ちゃんの思っているようなところじゃないよ」
 絶対に違う。一時はサッカーから逃げて、同じ家にいたってどこかで真正面から向き合うのを避けてさえいた駆が。今は傑の方が怯むくらいまっすぐに見据えてくる。
 思わず肘を引けば掴まれた袖がつっぱった。袖の布を握っていた手が冬の風で冷えた傑の手を握る。
「監督から逃げたり、真剣にやることから逃げようと思って行くんじゃないんだ。荒木さんも、きっと」
「お前は荒木のことをよく知らないからそう思うんだよ」
「ううん。荒木さんのことはよく知らないけど――」
 もどかしそうに唇を舐めた。知らず知らずのうちに握った手に力が入る。
「俺は、兄ちゃんになんて言われたって江ノ島高校に行くよ。でも、兄ちゃんにも分かって欲しいんだ。成長したくて選んだんだって」
「…………」
「だから、江ノ高FCで公式戦に出て、兄ちゃんたちとも戦うよ」
「……サッカーは一人でやるんじゃない。お前ひとりがそう決意したって」
「ひとりじゃないよ。荒木さんもいる」
「だから荒木は」
「荒木さんのことはちょっと練習を見ただけだけど、すごい人なのは知ってる。兄ちゃんがそんなにこだわる人だもん」
 言い切って悪戯っぽく笑った。
「兄ちゃんが認めるぐらいすごい人は簡単にサッカーを捨てたりできないよ。俺はわかるんだ」
 足元に過去が落ちてるみたいに履き古したスニーカーを見ながら言った。
「兄ちゃんが荒木さんを説得できなかったなら俺がする。FCに連れ戻して一緒に兄ちゃんたちを倒す」
 傑が深く細く息を吐き出すと強気で喋っていた駆が僅かに肩を竦めた。
「お前らが組んだってそう簡単にウチに勝てるわけないだろ」
 穏やかないつもの声だ。やんわり手を解いてバス停までの道を歩き出す。
 肩の力が抜けた背中を駆が追った。
「すごいのは荒木さんだけじゃないもん。監督だって十年ぐらい前に神奈川制覇した時の主将だったんだって」
「へぇ。それじゃあ結構若いんだな」
「うん。でも普段の練習方法が面白いんだ。セブンも一緒に江ノ高に来るって言ってるんだよ」
「奈々までか。それじゃあほんとにすごい人なのかもな」
 幼馴染の少女の名前が出た途端に納得顔をする兄に頬を膨らませる。年齢より子供っぽく見られる顔が余計に幼くなった。
「他にも監督がスカウトしてきたっていう人が何人もいてね」
 前を歩いていた傑がぴたりと足を止めて振り返る。
「そうだ。お前、国松から聞いてるか?」
「なに?」
「日比野が帰国してて、監督がウチに誘ってる」
 すっかり平常の明るさを取り戻していた駆の顔から一瞬色が消える。
「このまま高等部に来たら、また一緒にやれる。チャンスなんじゃないのか?」
 さっきとは違い冷静で鋭い目が迷いを見透かすように駆を捕らえる。
 日比野。その名前自体久しぶりに耳にした。昔はあんなに仲が良かったのに、神奈川に戻ってきているのに帰国したなんて話も聞かなかった。
 瞬きの間に離ればなれになる間際のいろんな顔が思い出される。怪我をして混乱した顔や、ちっとも笑わなくなった横顔。怒ったような顔で俯く姿。駆の大きめの瞳が揺れた。日比野は駆のトラウマそのものだ。
 親指をぎゅっと握り込む。
「なおさらだよ。同じチームじゃダメなんだ。きっと。正面から向き合わなくちゃダメなんだ」
作品名:あるべきところへ 作家名:3丁目