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高校生

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新年度のクラス替えからまだ一週間。
 浮き足立った教室の中でも存在感のあるその人を俺たちがなかなか見つけられなかったのは、見慣れないオプションのせいだった。
「あれ、鷹匠さんメガネなんてするンすか。」
 その人、鷹匠瑛の切れ長の目の上にフレームの細いメガネ。
 三年前に試合相手として出会ってから一緒に代表合宿も経験したし、今年の春休みからは同じ高等部サッカー部で毎日のように顔を合わせているが。
「練習とか試合のときはコンタクトだからな。普段も用事がなきゃかけねえし。」
 合宿所では部屋が違ったし。
 そういえば目薬を差している姿は何度か見ている。あれはコンタクトレンズが乾燥するからだったらしい。
 物珍しくて眺めていると、彼は男前な目元をきゅっと細めてわざとらしく
「いいだろ?」
「なんか、頭よさそうに見えますね」
 そして俺は額に手刀を食らう。どちらかといえばこういったときに出るのは頭突きなのだが、そこはメガネが邪魔をするらしい。
「いつもより、っスよ!」
「あとづけすんな!」
 一緒にやってきた国松まで「お前が悪い」と首を振った。
 けれど、そこは友達だ。助け舟とばかりに話を振ってくれる。
「それ、授業中だけなんスか?」
「ああ。学校じゃあな。」
 そういえば、うちはみんな視力がいいもんだから縁がなかったけれど、クラスにも授業中にだけメガネを取り出す奴がいたっけ。
 一人納得しながら再び口を開く。
「教科書見るときとか…」
「老眼鏡じゃねえよ」
 今度こそ頭突きだった。上手いこと剥き出しの額で額を打たれたが、メガネもちょっぴりぶつかった。
「で、どうした。」
 石頭の鷹匠さんにはダメージなどないかのようだ。
 額を押さえて屈み込む俺の代わりに国松が答えた。
「コイツに数学教えてやって欲しいンすよ。」
 下向きに指さされた俺が上を向くと、メガネで一層冷たい印象の鷹匠さんはバカにしたいのか嫌そうなのか半端に歪んだ顔で見下ろしていた。

 二日後、監督の都合で丸一日休みとなったその日に勉強会は開かれた。
「英語はいいんだから数学もちっとは真面目にやっとけよ」
「将来英語は絶対必要になりますけど、三角定理なんか使う場面がないじゃないスか」
 先日の入学後確認テストは惨敗だった。
 数1Aの教科書をざっと見ても三角定理らしきものは載っていないのだから、高校にきてまで確認されるのはおかしいんじゃないかと思う。
「それに、春休み中は練習ばっかりで勉強は丸々ブランクだったし」
「内部受験生はたしか宿題出てたろ。」
「えっ」
 スコンと小気味いい音を立てて丸めたノートで叩かれる。
 この人はすぐに手が出る。
「ったく、お前なあ。サッカーに関しちゃ少しも言い訳しねえくせに」
 残念ながら数学に関しては言い訳の代わりに次のテストで結果を出す、なんて思えなかった。言い訳をやめると開き直る以外に道がない。
 どうやらテストでミスしたところの復習だけでなく予習まできっちり見てくれるつもりらしい鷹匠さんにこっそりため息をつきながらシャープペンを握った。

 一時間も集中して机に向かうと眠気が襲ってくる。しかし、船を漕ぎ始めるより早く、手の動きが鈍くなってくると教え子の眠気を敏感に察知したスパルタ家庭教師から鉄拳が飛んでくる。
 厳しいがこの人に頼んで良かったと思う。先日国松と二人でそれぞれ得意科目を教えあいながら勉強して、二人でダウンしてしまったのを思い出す。
 お互い高等部の部活の練習についていってはいるが、その分座学に費やす気力体力まで消費してしまっていた。
「手が止まるペース上がってンぞ。やる気あんのか!」
「ちょっと、そろそろ休憩しましょうよ…」
 学校だって一時間も続けて勉強させたりしない。
 時計を見てフンッと鼻を鳴らし、それでも休憩を受け入れてくれたらしい。
 メガネを外して閉じた教科書の上に置いた。
「十分な」
「十五分ですね」
「あぁ?」
 物騒な声を上げて投げつけられる視線をテーブルに伏せてかわし、目の前にあったメガネに触った。
 飾り気がない、と思っていたが、外されたそれを見るとつるの内側が青と黒の縞模様になっていた。
 外側からは黒一色でいかつく見えたのに、内側を覗くと可愛くも見える。
 持ち主が怒らないので広げてレンズをかざしてみた。
 二枚のレンズに切り取られた景色がぼやけたけれど、そんなに度はきつくないように見えた。ちょっとかけてみても少し慣れれば普通に物が見えそうで、けれど調子にのって視線をあちこち動かしていたら目が回りそうになった。
 最後に「どうスか」といたずら報告に顔を向けたら鷹匠さんはニコリともせず、じっとこちらを見ていた。合わない眼鏡越しの不安定な視界でも面白がってくれていないのがわかって、それを外した。
「お前すげー眠そうな顔してる」
「眠いっス」
 テーブルから起き上がらないまま答える。
 ひと眠りして起きてからの方が勉強効率もいいのではないか。
 簡易ベッドに寄りかかった鷹匠さんが深く息を吐く。
「眠気覚まし系のガムとか持ってねえのかよ」
「あったかな…この間駆に貰ったのがどっかに…」
 弟の名前を言った瞬間に舌打ちが聞こえていた気もしたがつっこまずにおいた。
 そんなに弟の話ばかりしているつもりはないが、いつ頃からかいい顔をされなくなった。
 周りには「そりゃあな」なんて言われるが、釈然としない。
 ガムはベッドの脇に投げっぱなして丸めていたパーカーのポケットにもカバンのそこにも見当たらなかった。
「あ、そういや制服の上着に移したっけ」
「お前結構だらしねえよなあ」
 忘れて入れっぱなしてるとポケットベタベタになっちまうぞ。
 言いながらもわざわざ立ってカーテンレールにハンガーでかけてあるブレザーのポケットを探ってくれた。口は悪いしすぐ手は出るが、案外面倒見がいい人だ。
「どうっすか、多分右に入ってっと思うんだけど。…いや向かって右じゃなくって…」
 体を捻って様子を伺うと、ちょうどその手が薄い水色の封筒を取り出すのが見えた。
 すっかり忘れて金曜から入れっぱなしていた。
 それについて鷹匠さんに気を使う必要もないと思いながら、バツが悪く感じて口を閉じる。
作品名:高校生 作家名:3丁目