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昼休みでも人気のない焼却炉前で「お願いします!」と彼女は手紙を差し出した。駆は真っ赤になってしどろもどろになりながらも遠慮がちに手紙を受け取る。
 その封筒の表には、

『日比野光一くんへ』



 教室でクラスメイトの少女たちと過ごしているところへ割り込まれた奈々は呆け顔の幼馴染みに少しも驚いた様子なく答えた。
「うん、知ってる。五組の綾川さんでしょ?」
 まあ落ち着きましょう、と机の上に広げてあったクッキーを一枚くれたが、走ってきて口が乾いているので遠慮した。代わりに斜め前の自分の席からボトルを取って一口飲む。
「彼女、私のところにもきたの。でも日比野くんの連絡先なんか実家のものしか知らなかったから駆を紹介したのよ。先に言っとけば良かったわ。」
 ゴメン。と可愛らしい仕草で手を合わせられては文句も言えない。駆は深い深い溜息をついた。その手には預かった薄ピンクの封筒がある。もう一人の幼馴染み宛の伝書鳩など気が進まなかったが、告白相手本人を前にしたみたいにもじもじ指先を擦り合わせながら出会いの一部始終を語られ、丁寧に頭まで下げられて断れる性格をしていなかった。

 訊かれてもいないのに綾川が語って聞かせたのは二週間ほど前のエピソードだ。
 電車で痴漢に遭って怯えていたところを練習試合のため電車移動していたらしい日比野に助けられた。お礼をしたかったが、他の部員から冷やかされて連絡先も聞けないまま去っていった。手がかりは部員に呼ばれていた「日比野」という名前とサッカー部ということだけ。その日以来、助けてくれた長身の彼が忘れられず、サッカー部のマネージャーをやっている友人を頼ったところ、同じくマネージャーの美島奈々を紹介された。奈々は彼を知っていて、連絡の取れる幼馴染みを紹介してくれた。それが駆だ。
 情感豊かに語られる出会いの一幕に登場する日比野光一は随分と美化されて聞こえた。言葉ではなく、彼女のうっとりとした表情の向こうにキラキラしたフィルターを二三枚乗せた日比野が見える。
 幼馴染みの二人からすると、日比野は女子にモテる方ではなかった。三人一緒の小学校の頃は年頃なりに女子と反目し合っていたし、今はムサ苦しいと評判の湘南大付属高校サッカー部の一員として溶け込んでいる。
 そこへ舞い込んできたラブレターは青天の霹靂。なんだか不思議なものに見えた。
「届けてあげるの?」
「うん。日比野に会えないかメールしたら明後日の夕方こっちにくるって。」
 小学校の頃はお互いの家を自転車で行き来していたくらいだから夜に落ち合うこともできたけど、日比野が江ノ島付近まで来るというから一緒に帰ることになった。
 今は別々の高校で、中学の三年間は日比野がオランダにいたために海さえ隔てていた。一緒に帰るなんて何年ぶりだろう。しかし、その目的は知らない子のラブレターを渡すこと。それを思うと小学校の頃に戻ったようなワクワクが風に吹かれた砂山みたいにサラサラ消えていった。
 この手紙を渡したら、付き合うのかな。
 綾川は派手ではないが清楚で可愛らしいと思う。男だったら誰だって満更でもないはずだ。駆自身も万が一告白されたとして受けるつもりは毛頭なかったが、手紙の宛名を見るまでは素直にドキドキした。
 高一の夏に数年ぶりに再会して、驚くほど身長が伸びていた日比野を思い出す。髪もスポーツマンらしく坊主頭にして記憶よりずっと凛々しくなっていた。
 日比野と綾川が並んで歩く姿を想像する。お似合いだと思う半面、通い慣れた駄菓子屋がコンビニになると聞いた時の気持ちになった。好きなガムはコンビニにも置いてあるのに駄菓子屋の味はしない気がした。
作品名:走る 作家名:3丁目