ひかりについて
「んだよ、散々行きてぇっつってたじゃねぇか」
わずかに拗ねたような物言いをする。
少しずつ膨らみながら上へと上がる火種を見守りながら、森永は少しだけ笑った。
いじらしい、などとおよそ普段の宗一の印象からはかけ離れたことを思う。まるで、手元で震えながらじわじわと成長する火種のように。宗一の愛情は見えづらいけれど、確かに自分に向いているのだと、ふとした時に気付かされる。
「見たいなら行けっつってんのに何か知らねーけど意地張りやがって」
「あの、根本的に違います。俺にとっては、先輩と、ってのが重要なわけで」
「…………寒々しいこと言うな。何が悲しくてあんな人ごみに男ふたりで行かにゃならんのだ」
うんざりと宗一が言う。間違いなく本音だろう。
実際、自分とふたりきりで宗一が頷くとは思ってはいなかった。それこそ伝家の宝刀、かなこのひとことでもない限りは。
「おまえさ、」
「はい?」
「……さっき、なんか……、あー、いいや別に。忘れろ」
ぐしゃっと宗一が空いた手で髪を掻きあげる。衝動で、彼の手元から明かりが消えた。
ぽとりと火種が落ちて地面を焼く音が聞こえる。じゅっ、と短い音が寂しく耳に届くのは、線香花火の宿命のようなものだ。
多分、森永の表情を指して言われた言葉なのだろう。いい加減森永にも自覚がある。こういうとき、宗一はいつも驚くほど優しい。
「……記憶の上塗り、今出来てますから。大丈夫です」
「――、別に俺はっ」
「はい、先輩。あと1本ずつでお終いですから。ね」
何か文句を続けたい様子の宗一に、次の線香花火を無理矢理持たせる。にこ、と微笑うと宗一は黙り込んだ。くそ、と短く言い捨てて手渡された花火に火を付ける。
森永の花火も宗一のすぐ後に終わっていて、最後の花火にそっと火を付けた。
「先輩はそんなに久しぶりでもないですか?」
「そーだな、夏の間に2回くらいはやるな。かなこが買ってくるんだ」
「楽しそうだな……」
「……うるせぇなぁ。おまえも来りゃいいだろう。その内呼ばれるぞ絶対」
「そっか。楽しみにしときますね」
ぱちぱちと小さく火花が弾け飛ぶ。
けして派手なものではない。静かに、夏を燃やすような、儀式めいた気分にもなった。
「――先輩、」
「なんだよ」
「ありがとうございます」
「……何がだよ。なんつーかな、おまえは時々わけわからんとこで勝手に感動とかしやがってな、ったく面倒くせえなほんとに」
嫌そうに宗一が言う。
むっとする彼の手元で、ぽとりと花火が終わる音がした。
あ、と森永が思わず声を上げた。そこにかすかな勝利めいた色を宗一が感じ取って(いやいや、と森永は首を振ったけれど、実際のところ自分でも自覚はあった)、余計に機嫌を悪くする。
どうしよう、と森永は途方に暮れた。
そもそも宗一の花火の方に先に火を付けたのだし、先に彼の花火が終わるのは道理で、――しかしわずかなタイムラグは恐らくもう過ぎている。今だ煌々と明るい森永の線香花火。面白くなさそうに宗一が口を尖らせて、――、一体どうすれば。
困り果てているとふと近づく気配があった。咄嗟に危ない、と花火を持った手をその気配と逆に動かす。
揺れに呆気なく火種は落ちた。
近づいた気配は、瞬間、ふっと笑って、そのまま――。
触れるだけの熱が去ったあとに、ざまあみろ、と耳元で囁かれた。
もう花火なんてどうだって良い。
せんぱい、と呼ぼうとした声を遮って、今は嬉しくない声がする。
「すみません立ち読みしてて遅くなりました〜。はいこれ、買って来ましたよー」
相変わらずひとり楽しげに笑う山口を、説明できない理由で睨む。少ししてから宗一に蹴られたので、仕方なく森永は後片付けを始めた。