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愛猫

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もんじは食満家で飼われている齢十の牡猫である。食満家の一人息子である留三郎が小学生の頃に拾ってきたのだ。道端に捨てられた子猫を行き交う人間達は少しも省みなかったが、幼い留三郎だけは子猫を見放さずもんじと名付け、以来家族の一員としてうんと可愛がられている。
「もんじ久し振りだね、元気だった?」
そう言ってもんじを抱き上げたのは留三郎の幼馴染みで親友の伊作だ。「相変わらずお前はフワフワだなあ」と気持ち良さそうに頬を擦り寄せてくる伊作に、もんじはただ一言にゃあと鳴いて大人しくされるがままになっている。その様子に呆れたような、機嫌を損ねたような風情で眉をしかめたのは留三郎だ。
「いつまでも玄関先にいると思ったら何してんだ。早く上がってこい」
「いいじゃない。留三郎のうちに来たの久し振りだしもう少し堪能させてよぉ」
ぶーぶー文句を言いつつも靴を脱ごうとする伊作に対し、留三郎は更に冷やかに「もんじ降ろせよ。お前の不運に巻き込まれたら可哀想だ」と追い討ちをたてた。
そこまで言わなくてもいいのに、と伊作は悲しくなるが彼がどうしようもなく不運なのは紛れもない事実だ。この小さく柔らかく可愛らしい生き物を酷い目に遭わせるのは忍びないので、言われたとおりにそっと床に下ろしてやる。と、先程まで腕の中で大人しくしていたもんじは地に足に付けた途端ぱっと跳び跳ねて伊作から離れていった。たいへん猫らしい機敏さであった。
「先に部屋行ってろよ。飲み物となんか取ってくる」
足に擦り寄るもんじをそのままに留三郎は伊作に声を掛けて踵を返す。ゆらゆら尻尾を揺らして留三郎に付いていくもんじを名残惜しげに見つめていた伊作は、玄関の僅かな段差に足の甲をぶつけて暫くその場に蹲ることとなった。



冷蔵庫にストックしていたアイスコーヒーと目に付いた袋菓子を持って留三郎が自室に入ると、今まで幾度となく遊びに来たことのあるはずの伊作が所在無さげな様子で窓際に突っ立っていた。それを意外に思ったのは一瞬のことで、すぐに部屋の状態に思い至り申し訳なさに眉を下げる。
「悪いな。まだいろいろ散らかっててさ」
「別にいいよ。あれ、もんじは?」
「リビングにおいてきた。さすがに今は危なくて入れられねえよ」
そう言った留三郎の部屋は物が散乱し、指定ゴミ袋や幾つかの段ボール箱が隅のほうに積まれている。封が開いている箱からは衣類や雑貨が覗いていた。折り畳み式のミニテーブルに菓子類を乗せた盆を置いて周囲から適当に物をどかせば、寄ってきた伊作が使い古したクッションへと腰を下ろす。留三郎はそのまま部屋の中を突っ切るとスカスカと隙間の目立つラックから数枚のCDを抜き出し伊作の前に置いた。
「これが譲る約束してたぶんな。他にも気になるのあったら持ってっていいぜ」
「わあ、ありがとう!」
明るい声を発した伊作と向かい合うように留三郎も膝をつくと、グラスに手を伸ばし一息付く。菓子袋を開けてやればすぐに遠慮のかけらもなく手を伸ばした伊作が、もぐもぐと口を動かしながら室内を見渡した。
「引越しの作業進んでるみたいだねえ」
ゆるく述べられた感想に対し、作業で疲れていたのか「おー」と適当な相槌が返る。この春、留三郎は大学進学を機に地元を離れ、一人暮らしをはじめることになっていた。
実のところ、興味のある分野は地元でも充分学ぶことはできた。けれど敢えて留三郎が志望したのは遠方にある中堅大学だ。整った設備と他大学との盛んな交流がウリのマンモス大学はそれなりの倍率ではあったが、がむしゃらに受験勉強に励んだ留三郎はみごと大学への切符を勝ち取ったのだ。あまり勉学が得意でもない留三郎がそれだけの努力を惜しまなかったのは、大学自体の良さに惹かれたことも勿論あるが、他にも目的があることを伊作は知っていた。
「今度こそ、文次郎を見つけられるといいね」
留三郎の目的、それは潮江文次郎という男をなんとしても探し出すことだ。もう何年も、それこそ生まれるより前の前世と呼ぶべき遠い昔から、留三郎はその男を追い求めてやまずにいるのだった。

かつての学友である潮江文次郎に対し、自らが特別な想いを抱いていることを留三郎が気付いたのは忍術学園を卒業してから暫く経った後のことだった。まさかの事態に気付いた直後は本人も相当うろたえたし、相談を受けた伊作だって「なんで今頃になってそんなことに」とかなり驚いた。それくらいには今更な恋心だった。留三郎は悩みに悩み、最後には自分の心を真摯に受け止めた。そうして、認めたからには伝えたいと思った。文次郎が想いに応えてくれるとは露ほどにも思えなかったが、何がきっかけで目覚めたかもわからぬ恋情に決着をつけるには、想いを伝えるより他にないと留三郎は判断したのである。
といっても恐らく望みどおりに忍になっただろう文次郎の行方はとんと知れない。それらしい人を見たという風の噂や、縁深い知己からもたらされた僅かな情報だけが頼みだった。世は明日をも知れぬ乱れぶりで、かの人物もまた生きるか死ぬか紙一重の生業に就いている。もう会うことは不可能かもしれない絶望に打ちひしがれながら、それでも留三郎は文次郎に生涯恋い焦がれ続けたのだ。

結論から言えば、前世にて留三郎が文次郎に相見えることはとうとうなかった。その事実は留三郎の心に深く根差したのだろう。現代に生まれ落ち、まだ過去の記憶もあやふやと薄かった頃から留三郎は常に落ち着きなく周囲を探っては物足りなげな顔をしていた。そんな留三郎がある日、目の形の歪な、お世辞にもかわいいとは言えない子猫を抱き上げ「文次郎」と呟いたのを耳にした時、伊作は幼いながらに人の業の深さというものを思い知ったのだ。
気付けば当たり前のように留三郎は文次郎を探し始めていて、伊作はそれを見守るしかなかった。ただ出来るだけ早く彼らが再会できればいいと思った。健気なまでに一途な親友が、ほんの少しでも報われればいいと願った。
願いむなしく時は経ち、近隣地域を調べつくした留三郎は進学時に新たな可能性を求めた。過去ひたすらに忍を目指していた男が現代で何に興味を持つのか予測がつかぬから、出来るだけ幅広い分野が学べるところを。自分達より頭は回る男だったから、彼が目指しそうなレベルに合わせて。少々古風で真面目な校風は留三郎より文次郎が好みそうなところだし、もし同大学に在籍していなくとも外部との交流に再会の可能性を見出すことだってできる。前世で別たれた時より3つも歳を重ねて焦りを帯びた留三郎は、人と出会う機会をフルに活用する気だった。
カリカリ、にゃあにゃあ。不意に小さな音が室内に響いた。音を耳にした留三郎が緩んだ顔で「もんじだ」と呟く。音は扉の向こうからで、どうやらここを開けて部屋に入れろともんじが催促しているらしい。けれど今は本気で部屋に入れる気はないらしく、留三郎は動くそぶりを見せなかった。暫くカリカリと扉を引っ掻く音は続いたが、やがて諦めたのかにゃあと一声不満そうに鳴いて軽い足音は遠ざかっていく。
「そういえば、もんじはどうするの?連れてくの?」
作品名:愛猫 作家名:小枝