桜の花にみる夢
さわさわとまだ冷たい風が吹く。
臨也はマフラーに顔を埋め、ふるりと身体を震わせた。
まだまだ寒い三月の上旬。
入学前の入学手続きのために来たこの来神学園はこの付近では有名な進学校だ
。
正直な話、臨也自身はどこの学校でも良かった。
ただ勧められるままに入った学校。
つまらないだろうことくらい分かってた筈なのに、喜ぶ両親の手前、うざがる
ことすら出来なかった。
「馬鹿だなぁ…」
苦笑して校内から足を踏みだそうとした臨也は、ふと窓の外に見える人影に気
付いた。
まだ蕾をつけ始めただけの桜の木の下に、金髪に青いサングラスを付けた男が
立っている。
桜を寂しげに見詰める姿に、思わず臨也は息を呑んだ。
サァーーッと風が吹いて、思わず目を瞑った。
そこにいる男をもう一度見ようと其方を向いた時には、既にそこには誰もいな
かった。
びっくりした。
幽霊みたいに消えた架空の人。
「誰……?」
呟いた言葉は寒空に掻き消えた。
あの時見たままの光景がそこにはあった。
違うのは、満開の桜が咲いていること。
見詰める瞳から見えるのは憧憬。
さらりと流れる金髪に、どくりと胸が高鳴った。
その姿はさながら孤高。
きっと初めてみた誰よりも強く、だからこそとても哀しい姿。
呆然と立ち尽くしていると、漸く相手も臨也に気付いたのか、此方に視線を向
けてきた。
その視界に入れたことが嬉しくて、でも、その瞳が自分を見てないことが哀し
くて悔しかった。
一瞬で絶ち消えた哀しい気配すら苦しくて。
「………新入生か?」
優しく微笑んだ男の問い掛けに、臨也は慌てて答える。
「はいっ……!」
「入学式サボンなよ」
男はふっと笑って臨也の頭をぽんぽん叩き、臨也の横を通り過ぎて去って行っ
た。
臨也はその人の姿が見えなくなった瞬間、その場にへたり込んだ。
「ほんと…馬鹿じゃないの」
名前も、誰かも分からない相手に惚れるなんて--ほんと馬鹿だ。
「臨也、何組だった?」
「新羅…」
声を掛けられて顔を上げると、そこには幼なじみの新羅がいた。
小さい頃から一緒だったため、何かあると直ぐに相手に気付かれる。
幼なじみをこんなに迷惑だと思ったのは初めてだった。
「C組……」
「へぇ。平和島先生のクラスかぁ。いいなぁ…」
「へいわじませんせい?」
誰だ、ソレ?と新羅に聞くと、新羅は驚いたように叫んだ。
「もしかして知らないの!? 平和島先生目当てで来る生徒も多いのに!」
「はぁ?」
そりゃないだろ、と言いたげな臨也の視線に気付き、新羅は痛む頭を抑えて説
明した。
「平和島先生はね、元喧嘩番長だったんだ。その腕っ節を買われて教師になった
んだけど、名前の通り優しい先生でさ。みんなに好かれてるわけ。守ってくれて
、優しくて格好いい。人気になるわけだよね」
「ふぅん」
「………ってガン無視!? 酷くない!」
後ろで喚く新羅は無視して臨也は歩き出した。
「臨也! 僕はB組だから。困ったことがあればいつでもおいで」
結局臨也に優しい新羅に、臨也は後ろ手で手を振った。
「今日から一年C組の担任の平和島静雄だ。これからよろしくな」
チャイムが鳴ってから入って来たのは、桜の木の下にいた男--平和島静雄だ
った。
黒板に書き込まれた平和島静雄の文字を食い入るように臨也は見詰めた。
見つけた。
この世でたった一人の人。
因みに静雄は数学担当の教師だった。
女子生徒の彼女いるの?攻撃をあっさり交わし、挨拶を続ける。
「じゃあ、今日は終わり。解散」
起立、気をつけ、礼。
ありがとうございました~の後、臨也は真っ直ぐに教室を飛び出した。
「新羅~!!」
「ど、どうしたの!?」
驚いたように後ろに仰け反った新羅に、臨也はガシッと肩を掴み問い質した。
「平和島先生のことわかる!?」
「え!? ま、まぁ少しなら…」
臨也の勢いに呑まれて、新羅は何とか答えた。
あの臨也が、いつも澄まして蓮に構える臨也が他人に興味を持った。
これは天変地異の前触れかと、新羅は盛大に驚いた。
「じゃあ、年齢と身長と体重と家族構成と住所と電話番号とメールア…」
「ちょっと待って。ストップ臨也」
「な、何?」
不思議そうに首を傾げる臨也に、新羅は恐る恐る質問した。
「そんなこと知ってどうするの。特に後半。流石にそれ知ってたら犯罪だから」
「…………そりゃそうだけど」
それでも知りたいと訴える視線に、新羅は臨也の頭をくしゃりと撫でて笑いか
けた。
ずっと見てきたのだ。
大切な、大切な幼なじみ。
「そんな顔しない。気になるんでしょう?」
「う、うん…」
真っ赤に染まった臨也の頬に、さり気なく重症だなと心の中で思った新羅は、
できることなら今だけは静雄が来ないことを願った。
それにしても、臨也がストーカーになるとは。
予想外で笑えてくるものだ。
「でも朝話した時は興味なかっただろう? どうしたんだ、急に…」
「気になってたんだけど、誰だか知らなかったから…」
「ああ、それでね。でさ、臨也は…」
「折原」
新羅が言葉を紡いでいる最中に、突然割り込んできた声があった。
慌てて振り返るとそこには静雄がいた。
「え!? は、はい!!」
「どうかしたのか? さっきプリント渡し忘れちまったから持ってきた。さっさ
と出てくから困った」
いきなりの登場に、話を聞かれたかと思ったが、今さっき来たばかりらしく、
内容は聞こえなかったらしい。
そのことにほっとして臨也は静雄からプリントを受け取った。
「じゃあ気をつけて帰れよ」
また頭をくしゃりと撫でられ赤くなる臨也に、静雄は不思議そうにしながら職
員室へと去っていった。
「えっとね、臨也…」
「なに?」
「ストーカーにはならないでね」
「うん…」
ぼんやりと答える臨也に、新羅は大丈夫かな?と、若干の不安を覚えた。