【マサレン】くちびるから感染する恋の病
今まで似たような思いをレンに感じたことは度々あっても、ここまで酷く醜い感情を抱えたことはなかったはずだ。
それに、これではまるで、自分が彼に嫉妬をしている様ではないか。それも、見えない女性の影に。
気付いたところで真斗は苛立ちを隠せなかった。どうして自分がこんなにも苛立つのか、分からないからだ。
原因をうまく解決できず、そのイライラがさらに真斗を苦しめる。
「…と、いうことがあったのだが、」
「……それは、恋ですよ。きっと!」
七海春歌は、ニコニコとしながらそう答えた。彼女の周りは、いつも穏やかな空気が流れている。
真斗は春歌の傍にいると、自分がとても素直になれるのを感じていた。だからこそ、自分の感情の正体は何か、と彼女に相談を持ちかけたのだ。
深刻な病気か何かだろうか、と不安に思っていた真斗に対し、春歌の答えはあまりにも衝撃的だった。
「…恋、だと?」
そうですよ、と相変わらず輝くような笑顔で、春歌が真斗にそう告げる。
もちろん相手が神宮寺レンであるということは伏せて相談をしていたため、春歌は何も事情を知らない。
真斗は思わずうな垂れると、ぼんやりとレンを思い出していた。
幼い頃からすべてを親に決められ生きてきた真斗は、恋だの愛だのといった類の事をほとんど経験していない。
そして春歌の言葉でようやくそれは恋という名を与えられたものの、真斗はその感情を持て余していた。
そうか、自分はレンに恋をしているのか、と思ったところで、真斗にはそれ以上為す術がない。
自分の人生は、そのすべてが親によって決められてしまうのだ。
それでも、自分がレンを愛しいと思っているのだと分かってしまえば、今まで自分では理解の出来なかった感情にも説明がつく。
なんだか心に痞えていたものがストンと落ちたような気分になり、真斗は春歌に軽く礼を述べると、自室へと戻った。
当然のようにレンはまだ戻っていなかったが、それでも真斗は彼のいない空間にそっと微笑みかけ、今日は戻ってくるだろうか、と軽く息を吐く。
けれども、その日レンは帰ってこなかった。それどころか、どこで会ってもレンは真斗を避けるようになる。
自分以外の人間に対しての態度はいつもと全く変わらないのに、どうして自分だけ、と真斗はまた苛立ちを感じていた。
とうとう我慢が出来なくなり、真斗は大事な話があるから、と人づてにレンに伝えてもらう。
カチ、カチ、と進んでいく秒針をじっと見つめ、シンと静まり返る部屋の中で真斗はひたすらレンが戻るのを待っていた。
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作品名:【マサレン】くちびるから感染する恋の病 作家名:まつり