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不思議の国にて。

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「どうして名前を教えちゃいけないんですか?」
「ああ、それはね」
 しかし、回答が得られる前に部屋の窓ガラスが派手な音を立てて砕かれた。何事だ、と飛んでくる破片から身を守ろうとテーブルの影へ隠れる。この世界ではこれが普通の来客なのかルージュの伝言はDIAMONDSを抱えて跳ぶように避け、テーブルの上へ着地すると来訪者へ言葉を放つ。
「3日振りだな、時をかける少女」
「こんにちは、ルージュの伝言」
聞き覚えのある声に伺い見れば、時をかける少女と呼ばれた来客は緑色のセーラー服を着た、帝人の知る杏里そっくりだった。
「学園天国は何処です?」
「所用でいない」
「貴方達は主人の留守に家屋へ入るのですか」
「留守を任されたんだ」
「嘘です、学園天国は他人に何かを任せるような性格ではありません」
但し何故か機関銃を担いでいる。元の世界では日本刀で此方だと機関銃なのか、とどうでも良い感想が浮かんだ。
「隠すなら貴方達とて容赦しませんが」
しかし彼女は躊躇いなく機関銃を構える。帝人の知る杏里は妖刀の存在を隠したがっていたというのに、彼女は実にあっさりと此方へ銃口を向けた。
「まあ待て、学園天国は本当にいないんだ。その内に帰ってくるからお茶でも飲もう」
「嫌です。私は今すぐに彼へこの弾丸を届けたいんです」
もしかして、学園天国は彼女に嫌われているのか、とやや物悲しい気分になる。想い人に自分と同じ顔が嫌われているのだとしたら良い気分になれる筈がない。潤んできた目をどうにかしようと袖で拭おうとしたその時、
「今日こそ愛を! 弾丸を! 受け取って頂きます!」
という予想しなかった高らかな宣言に気が緩んで腰が抜けた。どさり、という音に時をかける少女が帝人に気づいてしまった。
「やっぱりいるじゃないですか」
にっこり、と笑って彼女曰くところの愛である弾薬のベルトが銃器に装填された。
「あら、いつもと服が違いますね? 折角お揃いの色だったのに」
照準が帝人へと絞られる。ひ、と咽喉が引き攣り、悲哀ではなく恐怖から涙が浮かんでくる。
「どうしたんですか、今日は随分と可愛らしいです。いつもなら笑って応じてくれますのに」
それでも貴方を愛していますけれど、と引金に指がかかる動作が、やたらとゆっくりと見えた。
「みー君、名前だ! フルネームで!!」
ルージュの伝言に担がれたまま、DIAMONDSが叫ぶ。訳が分からないながらも帝人は元いた世界で知る彼女の名を呼んだ。
「そ、園原杏里さん!」
 ピタリ、と時をかける少女の動きが止まる。
「な、何で……!? まだ、教えていないのに」
まだ、ということはその内に教えるつもりだったのだろう、と勝手に納得して、この後はどうすれば良いのか、とDIAMONDSを見る。
「命令すれば良いんだよ」
「いえ出来ればおねだりで。上目遣いで」
時をかける少女が妙なことを言った気もするが、ツッコミを入れていたら限がないのでスルーして、言葉を選ぶ。
「あの、今日は立て込んでるので、日を改めて頂けますか? 出来ればいつもの服を着ている日に」
学園天国とやらに全て投げるような選択だが、此方では日常茶飯事らしいので問題はないだろう。自分の安全が優先だ。
「お願いします」
彼女の要望に応えるのではないが、腰が抜けて立てないのでどうしても見上げる形にはなる。顔を伏せ気味なのはスカートの中を覗くまいとする帝人の良心であり、未だ拭われない涙も相俟って効果は抜群だったようだ。
「……分かりました、今日のところは退きましょう」
去り際にきゅ、と帝人を抱き締めて、時をかける少女は機関銃を担ぎ直す。
「でもいつか、名前を知った責任は取って下さいね」
ではまた、と彼女は割れた窓から出て行った。
「…………こういうことだから、名前は大切な人にしか教えないんだ」
「よく分かりました。」
 テーブルから下りたルージュの伝言がDIAMONDSを床へ下ろす。まだ腰が抜けたままの帝人の頭を撫でて、それから滅茶苦茶になった部屋を片づけようとする2人に、帝人はおずおずと訊ねた。
「あの、僕の世界では他人に名乗るのはほぼ当たり前のことでして、お二方の言い分から察すると、学園天国は、皆さんの名前を手に入れて帰ってくるのでは……?」
 2人の手から茶器が滑り落ちて、割れた。






 翌日、見慣れた天井に夢オチかと安堵していたら親友に泣きつかれ、想い人に斬りかかられ、その他知人の数名に怯えられた。
 向こうの世界が阿鼻叫喚になっていることが容易く想像出来て、帝人はどうしようとしばらく悩むこととなる。
作品名:不思議の国にて。 作家名:NiLi