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VOL DE NUIT

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 バーナビー、バーナビー、ブルーローズ、スカイハイ、バーナビー、スカイハイ、ドラゴンキッド、スカイハイ、ブルーローズ、ワイルドタイガー、バーナビー、折紙サイクロン、バーナビー、スカイハイ、etc。
 シュテルンビルド市民は思い思いに自分の贔屓のヒーローの名前を上げていく。圧倒的なバーナビーの人気だがしかしなおスカイハイの人気も根強い。ネイサンはファイアーエンブレムの名前がなかなか挙がらないことに少し苛々している模様。(しかしながらロックバイソンよりかはましだ。キースは彼の名前が挙がるのを一度しか聞いていない。しかもその名前を挙げたのが中にいる彼であるのだからなんとも涙ぐましいことではないか)イワンは折紙サイクロンの名が出るたびに嬉しそうに頬を緩めている。前は自分もそうだった。いや、今でもそう。スカイハイの名前が挙がるたび星が瞬くように心が明るくなる。誰かが自分を好きでいてくれるというのは、いくつになっても嬉しい。
 こぼしたコーヒーを綺麗に拭き取り、汚れた雑巾を水洗いして掃除完了。水場からトレーニングルームに戻るとテレビ画面ではちょうど若い女が答えていた。おや、とキースは片眉を上げた。その姿に既視感を覚えたのだがさて、どこだったか。
『スカイハイですね』
 液晶の向こうで恥ずかしそうに顔を赤らめて彼女は答えた。タラシねえとネイサンが冷やかす。すると何故か折紙が顔を赤く染めた。彼は色恋沙汰にめっぽう弱い。しかしそれを知らないキースはきょとんと彼を見つめた。
『なぜって、実は前に彼に助けられたことがあるんです。一ヵ月ほど前、帰り道でひったくりにあって、その犯人をスカイハイが捕まえてくれて…』
 ああ、思い出した。視線を液晶に戻す。あの尻餅をついていた。確かにあの後バッグを返しに言ったら目に涙を浮かべて感謝の言葉を言っていた。涙の膜が彼女の瞳に宝石のような星がきらきらと輝いていたように見せていた。とても印象に残っている。
『その日は事件なんてなかったのにどうして居たんだろうって思って警察の人に聞いてみたら、そしたら、彼は毎晩パトロールしてるんですって。しかもヒーローになってからずっと欠かさず! 驚きました。そうやって誰にも知られず街の平和を見守ってる彼ってとってもヒーローじゃないですか?』
「そうなんですか!?」
 驚きの表情を浮かべたイワンがこちらを見やる。
「そうだよ」
「なんで教えてくれなかったんですか?」
「言うほどのことじゃないからさ。それに私は好きでやってるんだ」
 その言葉に嘘偽りはない。キースはシュテルンビルドを愛している。だから平和でいてほしいと思うし明日も今日と同じでいてほしいと思う。明日だけじゃない。その先に続くいつかキースがいなくなった世界でもこの町が今日のままであり続けるようにと願っている。だから夜を飛ぶ。そのマントに隠れた犯罪の芽は小さなものだって見逃さないように目を凝らして。
「かっこいいこと、言うじゃないの」
 ますます惚れちゃいそうだわと本気とも冗談ともとれないネイサンの発言だがキースは今度はいつものことなので「ありがとう、そして光栄だ!」と笑顔を浮かべ受け流す。イワンも顔を赤くはしない。つまらない反応にネイサンは唇をとがらせた。
『わたしにとってのキングオブヒーローはスカイハイただ一人だけです。ずっと、ずっと』
 満面の笑顔で送り出された一言で彼女へのインタビューは終わった。
 今までで一番心が満たされたと思った言葉だった。自然と頬がゆるむ。ありがとう。心の中で感謝の言葉を述べる。
 スカイハイが夜を飛ぶ意味。使命とか義務とか矜持とかそういうものじゃなくて、ポイントとか人気は全然関係なくて、今日も明日も飛び越えて、ただただスカイハイは、キースは夜に浮かび上がる星座、シュテルンビルド、この美しい街を未来永劫見ていたいのだ。それだけのことだ。当たり前のことすぎて見えなかった思いを改めて胸に抱く。じんわりと暖かい。気持ちは春の知らせを受けたように軽やかだ。喜ばしい、そして、素晴らしい。この気持ちを誰かと分かち合わなければとても損だ。しかもグッドタイミングなことにちょうどお昼時。思いっきり息を吸う。その息を惜しみなく最後まで使うように声を出す。
「さあ、二人ともお昼を食べにいこうじゃないか! どこがいいかな。ああもちろん私の奢りだ! 気にしないでくれ。私がそうしたいんだ。たくさん食べよう! そして今日も街を守ろう!」
 突然スイッチがオンになったようなキースの申し出に頭がついていかない2人は鼻歌混じりでロッカールームに消えていく彼の背中を見送ったあと、怪訝そうな表情を浮かべた顔を見合わせ首を傾げた。
「一体どうしたんでしょう?」
「さあ、でもいつもの彼に戻ったみたいねえ」
「ですね。よかったです。元気ないスカイハイさんはやっぱりちょっとおかしいですから」
「そうね」
 顔を見合わせたままキースの笑顔が感染したのか二人も笑みを浮かべた。それからお互いの食べたいものを言い合いながらキースの後を追うようにロッカールームに入っていく。

 夜になれば空を飛ぶ。全てを越えた暗闇から、夜のかいなに抱かれて瞬き光る未来を見据える。今日この時が永遠であれと願い、それを妨げるものを取り払う。
 私が望んだその世界で、もしも彼女が笑ってくれているのなら、きっと、それ以上に嬉しいことなんてありはしないのだろう。
作品名:VOL DE NUIT 作家名:英子