桜散る後想うヒト
────ここ数日の雨と嵐の煽りを受けて。
散った桜は道に落ち。
人の足に無惨に踏まれてぐちゃぐちゃだ。
泥に塗れ、汚れ、霞んで、物悲しさと切なさを感じさせる。
「……それでも、桜はまた咲くんだよなー……」
見上げてみる。
花を散らせた桜の木。
もう桃色の花の姿は一つとして見えない。
しかし今は緑に覆われ、そこに雄々しく堂々と。
「……いや、花咲いてなきゃ価値がねぇ訳でも無いんだけどさ」
嘆息。
自分が何をしているのか、何を期待していたのか、よく解らない。
桜の花弁の成れの果て。
その無惨さに、優越感を求めたのか。
自分はまだマシだ、なんて。
卑しい安心感を得ようとしていたのか。
それとも。
こう在れと。
花を失くしてもそこにしっかりと存在する木の姿に、支えてもらおうとしたのか。
……どれにしろ、情けない。
儚さが、誰かに似ていると思った。
大らかで、強くて、眩しくて、綺麗で。
生命力に溢れていて、散り際は潔く、そして覆う緑もどこかまた次を感じさせて力強く、心強い。
それに比べて、自分はどうか。
……比べるのも嫌だった。いや、比べるべくも無く。
思考。埋没。沈澱。沈黙。
どんどん底へと落ちていく。墜ちていく。堕ちて……いく。
────と。
「横島さーーーーーん!!!」
「ほばぁぁぁ!!?」
一発でそれらを吹き散らす衝撃に、見舞われた。
「ぴぃとぉぉぉぉ………」
「あああっごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
右手に霊波刀、左手に『爆』の文字を刻んだ文珠を構え。
わたわたと謝ってくる半吸血鬼ににじり寄る。
青筋浮かべた笑顔というのは怖いものなのだ。
「いきなり抱きついてくるとはどういう了見だこのセクハラバンパイアハーフ!!」
「うぅっ!?それは横島さんに言われると流石にダメージが大きすぎますよっ!?」
「うっせーなっ!!どーせセクハラ小僧だよぼけなすびーーーっっ!!!」
「しまったつい余計な事をっ!!」
……文珠『爆』が華麗に炸裂致しました。
「……で、何してたんですか?」
「復活早くなったなお前……」
「そりゃあ、横島さんに憑いて逝く為にはこれ位は♪」
「……物凄く突っ込みたい所が何ヶ所かあったが……まぁいい」
溜息一つを吐いて、桜の木を見上げる。
ピートもそれに倣い、緑に覆われた桜へと目を移す。
「……散っちまったなぁって」
幾許かの沈黙の後、漏れたのはそんな言葉。
横島の横顔を窺い見たピートは、何を感じたのか言葉は無く。
「……そんで、ぐちゃぐちゃだし」
次に目をやったのは下。
薄汚れた花弁達。
自嘲を混ぜ、切なさを込め、声音に含まれるのは悲哀の響き。
「……だから何だってんじゃねーけど……アレかなーと思って」
何がアレだか、と自分に内心の突っ込み。
自分でもよく解っていない事を、説明出来る筈も無い。
下を向いたまま動かない。動けない。
呆れてんじゃないか、と思う様な間。
「カッコイイじゃないですか」
と、顔を上げられないままでいた横島の耳に聞こえたのは、意外な言葉だった。
「……は?……かっこ、いい?」
「カッコイイですよ。人間みたいで。……貴方みたいで。大好きです」
曇り一つ無い笑みで、ピートはさらりと言ってのけた。
「……お前の目は何か、色々と変だと思うぞ、ピート」
「何でですかぁ!!」
「何でってお前……」
理解不能である。
特に、横島の思っていた事とは違いすぎたから。
意識していた訳では無い筈だが、自然に特別なひとと桜を重ね合わせ、答えを出せない程に考えすぎていた為に。
だが、ピートは構わず言い募る。
「へこたれないじゃないですか。踏まれようが汚れようが。また咲くんですよ?凄いですよ。今のこの桜だって、綺麗ですし」
どこかで何かが符合する。
あのひとに見ていた何かを、この男は自分に見ているのか、と。
理解出来ない思いで、判断する。
「春には注目されて、でもそれ以外でだって、その時の為の力を蓄えて。その姿も綺麗で、カッコイイじゃないですか」
そう言う瞳に迷いは無い。
当然の如く嘘も無く、見ている方が恥ずかしい。
トドメは呟く様に、囁く様に放たれた告白。
「でもやっぱり僕は、横島さんが一番好きですけどね」
無邪気に笑顔で素直な言葉。
反則だ、と横島は心中で呻いた。
とん、と。
若干己より高い肩に、頭を預ける様に寄り掛かる。
見た目よりしっかりとした男の肩に、むぅ、生意気な、などと心の中で零しつつ。
「よっ、横島さんっ!?」
「……うるせー。じっとしてろ」
慌てた馬鹿が、え!?何!?これ夢!?などとあわあわ口走っている事には無視を決め込んで、横島はそのまま目を閉じる。
狼狽と戸惑いと、混じる歓喜が伝わってくるが、それも無視。敢えて無視。
顔に集まってくる熱もやっぱり無視。無理矢理無視。
「……横島さん……?」
おずおずと、背に手が回される。
おせーよ馬鹿、なんて照れ隠しの様に浮かんだ愚痴も、気恥ずかしさも、無視ったら無視。
「……あのー、人来たら……」
「うっさい黙れ」
「はいっ」
ピートは素直に返事して。
直立不動でそのままに。
その内に、じわじわと体温が交じっていく。
触れている所から、じわりじわりと。
心地よさが広がっていく。
「……あぁもう、いいや」
「え?あの、横島さ……」
顔を上げて、ピートの顔の目の前に。
背が足りないのは少し癪だが、届かないので仕方無く爪先立ち。
頬を少々赤らめつつもきょとん、としているピートの顔に和んでしまう己を自覚しながら、動きは止めず。
恥ずかしいのは最初だけだ!!と暗示紛いに言い聞かせながら特攻。
「……んっ」
漏れた声がどちらのものだったのかは判然としないが。
絡んだ舌と背に回った腕の力が増したのは、多分にお互い様だった。
「……えーと、何が『もういいや』だったんですか?」
「……うっさい」
「えぇ~だっていきなりあれで僕はもう何事かと!!」
「あぁもーうるさい!!細かい事気にする男は嫌われっぞ!!」
「横島さんに嫌われなければ別にいーです」
真顔の言葉に詰まって硬直。
一瞬の間の後、無理矢理口を動かして取り繕う。
「……きっ、きらいだっ!!」
「ええっそんなぁ!!」
「やかーしー!!」
微妙に失敗気味。
ともあれ、じゃれ合いながら家路へと。
羞恥の為に顔を見せない横島に気付きつつも、ピートは追撃の手を緩めない。
ピートは存外に頑固で、しつこい時はどうしようもなくしつこくて。
それが執着しまくりの相手ならば、その相手には逃れる術も無い訳で。
「横島さん、横島さ~ん、横島さーん!!……たーだーおー!!」
「やかましぃぃっ!!」
「あ、やっとこっち向いてくれましたね」
「う……」
再度顔を背けようとするが、腕を掴まれ、そのまま引き寄せられて、胸の中へと捕らえられた。
「……離せ」
「やですよ、勿体無い。さっきは自分から来てくれたじゃないですか♪」