秋の夜長のお供には
秋の夜長とは言うものの。
静かに読書なんてガラでもないし、基本夜がメインの商売で。
仕事の無い日くらい、ゆっくり休みたいというものだ。
つまりは、惰眠貪ってぐーすかぴーと夢の中にいたいんだって。
「…なのに何でてめーは夜這いなんぞに来るかなー」
「なっ、何ですか夜這いって!?僕はただちょっと月に誘われて夜の散歩にっ…。横島さんの所に寄ってみたのはちょっとした思い付きでー!!…いや確かに会いたかったからですがっ!!」
「力一杯言うなど阿呆」
ぐぐっ、と拳を握り締めて言い切るピートに、容赦皆無の一刀両断。
額に手を当てこれ見よがしに溜息を吐いてはいるが、その際俯き隠れた顔が染まっている時点で、その仕草や言葉が呆れのものか照れ隠しかは一目瞭然という所。
しかしピートはどうにも天然というか、鈍感というか。
「冷たいですよ横島さぁぁん!!」
「でーい夜中に騒ぐなっ!!」
…もう少し察する事も覚えたら如何だろうか。
何だかんだ言いつつも、結局そんな酔狂に付き合ってしまうのは、やっぱり惚れた弱みというやつなんだろーか、なんて考えながら。
「…それは何かやだなー」
「はい?何か言いましたか?横島さん」
「…何でもねーよ」
小さな呟きにも反応するピートにちょっぴりうんざりしながら、誤魔化しの様に眼を上に向ける。
月が綺麗だから、と上がらされたアパートの屋根の上。
酒も団子もススキも無いし、十五夜でも無いけれど、お月見だ。
眼を向けた先。頭上に輝く月は確かに綺麗なのだけれど。
「…さみーっつーの」
一枚上に羽織ってはいるが、流石にそれだけでは寒い。
着込むのも面倒だし、と出てきたが、失敗だったかなー、と軽く後悔しながら。
「…もー部屋に…」
「じゃああっためましょう!!さあどーぞっ!!」
「ってオイ」
入らねぇか?と続く筈だった言葉を遮ったのは、ピートの無駄に元気な声と、迎え入れる様に広げられた両腕だった。
光振り撒くキラキラ笑顔は仕様です。
その様子を冷たい目で眺め、
「…流れ星にでも当たってアフロになってしまえ」
「何ですかその呪いっ!?」
「コントやギャグなら隕石に当たっても白煙と共にアフロがお約束なんだぞ、ピート」
「いや訳解んないですよ!!大体何でいきなり隕石ですか!!」
「夜空見てたから何となくだ。つーかもー入ろーぜー。てかお前とっとと帰れ」
「うわ酷っ!?…あぁ、ハロウィンにでもトリック・オア・トリートォ!!とか言いながら襲いに来れば良かった!!」
「いきなり不穏な事言ってんじゃねー!!」
「…夜這いがお望みならしますよ、僕は」
「んなっ…」
唐突に真顔でピート。
何となく気圧されて、思わず言葉に詰まる横島。
しかしここでの沈黙は色々と危険な気がして、
「って待て!!何の話だ何の!!」
突っ込めば、真顔は崩れ。
「僕が訪ねてきていきなりあんな事言うからですよー」
笑いながら、逃げる様にふわりと浮かぶ。
リアクションを大きく、勢いで誤魔化そうとしていた横島が、ピートのその反応に一瞬呆気に取られ。
「…揶揄いやがったな」
「だって冷たいんですもん、横島さん。…まぁ、許されるなら夜這いしても良かったんですけどね、実際」
「だから待て」
ぶーたれながらも何やら凄い事を言っているピートに、頭痛を覚えたりもしながら。
「…お前いつもとキャラ違くねーか?」
「…月の所為ですかねぇ?」
くすくす笑いながら、バンパイアミスト。
霧となり、実体に戻ったのは横島の背後。
「…襲いましょうか?」
首筋に唇を寄せ、するり、と頬を撫でる。
「ちょ、こらっ…」
その感触に慌て、身をよじるが、半吸血鬼の力は強く。
「…愛してます、横島さん…」
その囁きに、一気に抵抗する気力を失う。
(おまっ…それ反則だろぉ…)
顔の熱さを自覚しながら、溜息を零す。
ピートは、照れもせずにこういう事を言ってくる。
素直に、ストレートに、隠す事無く。
こちらはそれに、未だに慣れない。
自分から言うのも苦手だし、恥ずかしい事この上無い。
それでも嫌ではないのだから、やっぱり惚れた弱みというやつなんだろーか、と諦めに近い心境で思いつつ。
「…んっ…」
首筋をなぞる様に伝う唇と舌の感触に震えながら。
「…良いですか?」
「…勝手にしやがれ」
控え目な求めの声に、拗ねた口調でそう返し。
その許しに、苦笑の中にも嬉しそうな色を混ぜながら、ピートが行為に移る。
牙の当たる感覚。
ぞくり、と冷たいものが背筋を走る。
ピートは、横島の血液の流れる音を聞きながら、唇にその生命を感じながら。
抵抗も拒絶も無い事に安堵と喜びを感じながら。
この上無い至福をもって、それを行う。
月夜の晩にはこうなる事が多々あって。
"魔"の衝動が強くなるとかなんとか。
どちらにせよ、双方共に許容はしているのだから、別段困る事も無く。
つぷり、と、牙が肌を突き破る音が小さく響く。
「んっ……はぁっ……」
その感覚に声を漏らし、そこから生み出され、身体中に回っていく熱に、吐息を零す。
溢れ、流れ出る血を舐め上げて、ピートは横島の耳元に。
「…愛してますよ…横島さん…」
空には月がこうこうと。
夜の闇は淡く光に彩られ。
その闇に浮かぶ金の髪の半吸血鬼の笑みは。
部屋に戻り、眠りについた後も瞼の裏に焼き付いて。
横島の意識から消える事が無かった。
「横島さんっ!!今夜も行って良いですかっ!?」
「ばっ、おまっ…!!」
「えっ!?なになにっ!?何の話っ!?」
「うわ、案の定食い付いてきやがった!?」
翌日の学校。
秋と言っても日中は程良く暖かく、昨夜の事なんて夢の様ではあるけれど。
「…別に何でもねーよ。夜の散歩中にうち来てメシたかるだけだ」
絆創膏に隠れた噛み跡は、それが現実だと疼きと共に教えてくる。
「たかるって…そんな、伊達さんじゃあるまいし」
「雪之丞さんは最近横島さんの家には行けてませんがノー」
「ええっ!?雪之丞のそういう行動、皆知ってるんですかっ!?」
「だってよく話に出てくるし」
「愚痴込みじゃがノー」
「あ、俺も聞いたー」
「私もー」
愛子にタイガー、クラスメイトのメガネ君やポニテ少女も肯定し。
「クッ…何だかこうも奴が認知されているのはっ…」
「お前は何をそんなに悔しがってんだよ…」
「だって奴は危険なんですよ横島さんっ!!」
「お前程じゃないと思うが…」
「そんなっ!?」
周りを置いて、始まる痴話喧嘩モドキ。
テンション高く、ピートが一方的に騒いで横島が容赦無く切り捨てるのがここ最近のお約束ではあるものの、実際単なるじゃれ合いだ。
そんな二人の様子を生温かく見守りながら。
「…いつ夜這いするかどーか、賭けてみるか?」
「青春ねっ!!はぢめての一夜…青春だわっ!!」
「しかしそれをどこで判断するかじゃノー」
「流石に事務所付きの鈴女ちゃんにそこまでさせる訳にもねー」
「まぁ何かで釣ればやってくれそーだけどね、あの子」
相変わらずのクラスメート達であった。