夜祭にて
夜祭り。
道に立ち並ぶ夜店。
頭上に吊るされた提灯。
どこから涌いて出てきたのかと毒づきそうになる、ごった返す人の群れ。
それでも純な小娘の様に浮かれた気分で歩いていられるのは、隣に歩く人物の所為だ。
らしくもなくドキドキして。
華やかな浴衣に身を包み、髪型にも気合いを入れて、二人っきりでのデート気分。
…まぁ、こいつはどうだか知らないけど、さ。
ぶらぶらと夜店を見て回り、タコヤキ食べてフランクフルトに噛りつきながら。
「お」
声を上げる彼の視線を辿れば、そこには昔ながらのお祭りでのお約束、射的屋さん。
…あー、何となく何言ってくるか解るわ。
「美神さん!!射的やりません?俺得意だったんすよー!!」
案の定。うきうきと言うか、わくわくと言うか。
はしゃぎつつの彼の言葉に、私は気の無い返事をする。
「射的ねぇ…。私はいいわ。横島クンやったら?」
「えぇー。やりましょうよー。こーいうのは皆でワイワイ言いながらやるもんなんすから」
「って言ってもねぇ…。じゃあ、横島クンが上手く取れたら頭撫でてあげるわよ?」
「子供扱いですかい!!…いや待てそれもまた一興……いやいやどうせなら大人のご褒美をどーんとっ!!その胸の中で俺をぐりぐりと撫でくりつつ愛でる気はありませんか美神さんっ!!」
「こんな所で何ほざいとるかあんたはーーーっ!!」
「へぶろっ!?」
鉄拳制裁。
丁稚の教育は主の務めよね?
「やるならとっととやる!!」
「うぅ…祭りに来てまで殴られるとは…」
「あんたが変な事言うからでしょーが!!…もう、そんな事ばっかり言うなら帰るわよ!?」
うん、嘘だけど。
「ああっ、待って待って!!せめて射的のタダちゃんと言われた俺の勇姿を見てからにっ!!」
「じゃあとっととやりなさいよ!!」
「わーってますって。…ふっふっふっ。悪いなおっちゃん。取り敢えず、取れるだけ取らせてもらうぜ!!」
「……何で顔劇画調になってんのよ」
いつもの漫才の様なやり取りを一旦終え、横島クンは真剣に、銃を構えて獲物を見据える。
私は後ろでその様子を見守って。
……何か面白くないわね。背中に抱きついちゃおうかしら。
……………冗談よ?
別に、意図しての事じゃない。
ただ、丁度皆がいない時に、お祭りがあるっていうから。
それで、何かこの丁稚が懐かしがってたから、ちょっと覗いてみようか、とか。
…そう思っただけで、他意は無い。
いや、デート気分っていうのは言葉のアヤで。
「ほらほらっ、美神さんっ、三個目っすよー!!」
………。
ついでに用意してやったそこそこ上等な浴衣を少し着崩しながら、いつもの様にバンダナ巻いて、これまたいつもの様に馬鹿みたいに笑ってる。
その笑みはいっそ無邪気にも見えて、子供みたいで、ちょっと可愛いかなー、とも思うんだけど。
「…で、それは誰へのお土産?」
「そーっすねー、ロナルドのぬいぐるみだからー…やっぱシロっすかね」
「……そーね。ま、妥当なトコじゃない?」
苛々するより、ムカムカするより、これは、そう。
「………ばか」
沈む。
小さく呟いた言葉は聞こえなかった様で、彼は射的を再開する。
射的の一回分の弾は、あと二発。
……事務所の皆の分は取った。
次の二個は、誰へのお土産だろうか。
………どうせ私の分なんて、無いんだろうな。
別に、いいけど、さ。
……。
ああ、やばい。
何でこんなに、落ちてるんだろう。
何を、期待しているのか。
あ、また何か取った。確かに腕は良いわね。
……でも。
「……ひのめちゃんかな」
まじまじと取った景品を眺めながら、ぽつりと。
その手には、ぬいぐるみ。
……いつぞやひのめをあやす為に扮装した、『ばうわ』とかいう犬のぬいぐるみだ。
確かにひのめの為にあった様な物だと思う。
……じゃあ、あと一つは誰への物だろうか。
「さーて、あと一つっ!!何取りましょうかねー、美神さん?」
ノーテンキに聞いてくる。
他の誰にあげるのか知らないけど、わざわざ私に聞く必要あんの?
………………つまんない。
そんな事を思ってる私に気付く事も無く。
笑みを乗せ、くるんっ、と振り向いたその顔が、驚きに染まる。
……?
目も見開かれて、硬直。
……どしたの?
「み、美神さんっ……?」
戸惑いが前面に出てて、声にもそれが含まれていて。
ぽたり、と地面に落ちた滴に、やっと今の状況を知る。
泣いていた。この、私が。
「なななな、何で泣くんすかー!?」
こっちが聞きたい。
止めようとしてるのに、溢れ出す涙は一向に止まってくれない。
私はこんなに弱い女じゃない筈なのに。
……何が原因でこんな事になっているのかも解ってないのに。
慌てふためく横島クンの姿を笑う余裕も無く。
「もうっ、横島なんか知らないっ!!」
そんな台詞と共に、そっぽを向く。
後ろから聞こえるのは悲鳴の様な、焦った様な、先程よりも強さを増した戸惑いの声。
「え、あ、いやっ、そのっ!!美神さんっ!?」
意味の無い声を上げて、最後に弱り切った声で、私の名を呼ぶ。
「……知らない」
「だから何で泣くんすかー!!」
「うっさいわね、何でもないわよ!!……私帰るから、一人で勝手に遊んでなさいっ!!」
「あっ、ちょ、美神さんっ!?」
顔も見ず、駆け出した。
……知らないもん。
私と居る癖に、他の娘の事ばっかり考えてさ。
「……ばか」
とぼとぼと一人で歩く。
人混みに紛れて見失ったのか、それとも追ってくる気が無いのか。
……後者な気がする。
とにかく、横島クンは此処には居ない。
一人寂しく歩いているのは河原沿いだ。
祭りの最後には花火があるから、時間があれば、暇潰しに誘って一緒に見ようかな、なんて。
……………。
………………嘘だ。
本当は、二人で見たかったのに。
どうして素直になれないかなぁ。
泣いた理由だって、本当は解ってる。
馬鹿みたいな、ただの醜い嫉妬だ。
「……ふぅ」
息を吐いて、その場に座り込む。
意地っ張りで、あんな些細な事に勝手に嫉妬して、こんな可愛くない女なんか。
……きっと、無理。
俯いて、再度の吐息。
重苦しいそれは、気分をも更に落ち込ませる。
どれくらいそうしていたのか。
不意に、気配を感じた。
馴染みのある霊気と共に。
静寂。と言うより、沈黙。
気まずい空気の中、私は顔を上げられずに。
──夜空が、唐突に明るくなった。
「……ぁ」
その明るさにつられる様にして顔を上げたそこには、
「……花火、始まりましたね」
花火に見向きもせず、私へと視線を寄越す、彼の姿。
「……うん」
彼の背の先、更にその上に見える極彩色。
遅れて轟音。
戻る闇と、静寂。
彼の声と顔に、怒りとか、そういったものが無くて些か安堵する。
沈黙だと感じないのは、その声を聞いて、その顔を見て、ホッとしてしまった為だろうか。
自分は本当に現金だ。