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(無題)

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夢など見る必要はない。
己は老い衰える肉体を持つ弱き人間ではなく、強い。
その上に忍であるのだから尚更だ。

緑の中
これは幻と分かっている。歩きながら刃は思う。
今はこの地……黒の星に住まう彼の周囲には星の中全てを見渡したとしてもこの様な見事な景色は存在しないからだ。
いや、彼が人により生命を受けて以来、実際の物としてこの様な場所に足を踏み入れた事は一度たりともないだろう。
これは刃の夢の中の……心の中の光景なのだ。嘘だと分かっていても内心では留まり続けていたい場所。
……何も自分だけではないだろう。と刃は己を弁護する。
人も。我等よりずっと弱い人間達は恐らく特にそうなのではないかと思う。実際に存在しない物に心を寄せる思いは。

要らぬ。そう思うのだがこの現実味のない夢は中々覚めない。まるで彼の本心が自制を覆い隠してしまうかの様に。
仕方ない。そう言った素振りで彼は幻の中を歩いた。

心の世界の緑は広がる。
底の浅い椀を返した様な緩やかな丘が点在している。色青き若芽と葉、枝葉の隙間を縫い地にこぼれる穏やかな光。一斉に開いたのだろう。綿雲より白い躑躅がぱっと広がっている。露を含む野の中にまばらに姿を見せる菫の薄紫の控え目な風情も好ましかった。

目を楽しませる木々や花はその良さがある。新芽を踏み分け刃は歩いていた。この幻の中には必ず彼がいるのだろう。彼の存在自体がこの場所を作り刃への幻となっているのだ。緑と花々の……。刃は自然とそれを探していた。
山吹は黄金。思い人の髪色に比べたら随分と濃い色の中をかき分けながら刃は歩く。
夢と理解しているのに。沈着な性質の刃の気は急いていた。

幻の場所であるが、踏み拉く若草の感触はある。微かな風に吹かれる花々は舞う様だ。
白と薄紫、黄金が揺れ、溶け合うかの如く混じり合う。やさしくたなびく霞は薄桃色に見えた。
落ちる花弁に遮られ朧の霞に隠され、明確な位置は分からない……が、少し遠間だろう。花々の園の中にぽつりと一つ置かれたかの様に、高く若木が立っている。
その下に彼は佇んでいた。
葉を眺めているのだろうか。この距離もあり背を向けている彼は刃の気配に気付いていない。暖かな日はこぼれ彼を照らし、僅かに色を含んだ淡色の髪は煌めいていた。杏の甘酸っぱい香が辺り一面に漂う。
無意識に刃は駆けていた。
ようやく気付いたのだろう。練糸も及ばぬ程の髪を揺らし彼は振り返った。
この時だけ。刃は何も考えていなかった。ただ差し出した右の腕を彼に向け寄せ、その名を呼び……

目が覚める。
刃は今仕え……登録されている主の贅を尽くした屋敷の中で最も簡素な部屋を申し分程度にあてがわれていた。そこで彼は現実に戻った。
前日、いつもの嵐に加えにわか雨が降ったからだろうか。闖入者を防ぐため意図してごく低く作られた床下から吹き付けるねっとりとした隙間風に黴の臭いを感じる。
与えられた一間にあるものは、彼の衣服をまとめた小さな櫃と、鈍い銀の双刃……刃龍を収める、それだけは特製で作られた大型の木箱、すぐ側に寝台として一枚だけ敷かれた変色した畳。身支度用にと一つ立て掛けられた古い鏡と、後は多様な“道具”を置いた狭い押入れがあった。
まず視界に入るくすんだ色の天井を見つめ疑問に思う。
人ではないこの身体は眠りを必要としない。だが今までこうして眠っていた。何故なのだろう。その上全く絵空事の夢を見ていた。どうしてなのか。
意識の戻ったそのままの体勢で刃は考え、思う。
……あまり時間がある訳ではないので早く起きなければならない。
今日の勤めは、己がこの黒の星の防人として行わなければならない仕事だ。その内容はいくらもう慣れたとしても……(心は機械でしかないのだろう。そう人に思われ認識されているとしても)決して心地の良い事ではない。
現在刃が名を置く主の身辺……いや、主の治める国そのものが良い状況とは言い難い。だから己が気を張り続けなければいけない。人が持ち得ない力を持つこの身は明日以降も長く、尽きる事ない任務を受け続けるだろう。
……一切を忘れたいのか?忘れ去る事など、第一逃げ道等どこにもないのに。
反射面が曇り、やや見辛くなった青銅の鏡に写った己の横顔を見て刃は自嘲したくなった。第一この刃龍を棄て今の日々から目を背けたとしたら自分はもう
……用無しだ。
到底叶わぬ無理な事を思い願い、だから意識を手放していたのだ。力弱き人と同じ様に実際にありもしない物に心を寄せ……
心の世界の緑、穏やかな光、薫風に揺れ舞う花々。かつて俺にそれを教えてくれた鮮やかな世界の主……
「……」
小さな棘が刺さった様に、ちくりと何故か心に痛みが広がっていく感覚に陥り、刃は考えを止めた。
だが理で考えを遮ろうとしても思いは止まらない。
先刻までの世界の中で緑をかき分け花に惑い、彼の姿を探し追っていた。望み通り彼を見つけたが、己の存在に気付きもしない彼をどう思っていたのだろう。
……見て欲しい、と思ったのか?気付いてくれと不安になったのか。
「……阿呆の様だ。」
幻と分かっているのに、正しく阿呆の様に俺は走っていた。瞼に虚など映している場合ではない。見なければいけない事はただ過ぎていく現実なのに。己にとって今見ていた物は意味をなさないのだ。そうだ。
「あんな事……」
際限なく続いてしまいそうな思考を強引に止める。……思い描き心の中に秘め続けていたとしても。……幾ら求め欲したとしても。この星でこれから生き抜く為の指標になる訳ではない。造られた時から定められていた忍びのこの身には……
要らぬ。己に何度も言い聞かせ、邪魔だと言わんばかりに眉を上げる。軟弱な心を持つなと己を叱咤しいつまでも寝ている場合でないと思い改め起き上がる。
橡色に変色した古い畳が起き上がった反動で小さくへこむ。
そしてふと刃は気付いた。
僅かに右腕が痺れている。眠りの最中に己の体で踏み付けていたのだろうか。……まさか夢の中の彼へ向け手を差し出していたのだろうか。
そう言えば口を少しだらしなく開き覚醒していた。恐らく。
……呼んでいたのだろう。彼の名を。
……
虚脱感に捕らわれ、一つ息を吐く。
心の中の場所。行った事も見た事もない。夢は所詮幻。
そんな一つの意味もなさない場所。
望み得ぬ物を求め幾ら思い描き欲したとしても。
弱き人ならばこう思うのだろう。ありもしない世界、それを胸に抱く、瞼に浮かべる。心を寄せ、そして惹かれる。「そうして私達は日々を生き繋ごうとする」と。
だが俺は違う。まず人ではない。戦う為の物であるこの身は彼等の及ばぬ程強い。その上に己は忍びだ。だから要らず幻を見る意味などないのだ。
再び心の中で繰り返し、しつこい程に反芻し刃は今からの仕事の為の支度を始めた。
己を支える刃龍を納める箱を見つめ、思う。
惑うな。捕らわれるなと。尚痺れの残る右腕に苛立ちを抱きながら。

夢から覚めた彼が今から何を行おうとしているのか。
まず哀れなこの黒き星につき述べ、その星の防人であり剣士であり忍びである黒髪の青年が今に至るまでの経緯を話したいと思う。
作品名:(無題) 作家名:シノ