(無題)
(今が正にそうなのだが)自然の理でこの黒き星に力を持つ者達が出、台頭し始め各地に散在する彼等は互いの土地、耕地、家畜作物、金品と民を、戦を起こす事で奪い合った。略奪の連鎖は互いの勢力の潰し合いとなり、力を持つ全ての者達の目的はこの星そのものの支配権を掌中に収める事になっていった。
よって力を持つ者達は兵器である彼を迎え、皆喜び刃の主となった。
およそ百年前。この星で初めて刃を従え「主(マスター)」を名乗った者はある年の新年の賀の最中に配下からの奇襲を受け自ら命を絶った。椀は割れ杯は返され、祝宴の彩と添えられた笛は打ち捨て蹴飛ばされ、横倒しになった琴と琴柱が抜けた歯の様に数間先に転がっていた。
随行していた側近達は主を失い騒然となり、なす術を持たずに混乱の場となった屋敷の中をただ右往左往していた。
星と同様護るべき者達と認識していた人間達が刃以外の主の側近たちを虐殺と変わらぬ様に淡々と処断していく姿と、そして日の経たぬ内に主の一門を全て磔にしていった光景を目の当たりにして、人間達が冷徹な面を多分に持ち合わせている事を知った。
……いつでも非常時を思い、万一を考えていた筈だった。だが人の手で主と自らを除く味方と、主の子女達が残さず処断されていく様は未知の経験だった。
万一があったとしても己一人の力で何とかなるだろうと構えていた事は思い上がりだったと刃は思う。人だからこそあの様な事態が起こったのだ。
主が斃れた混乱の場で動けず足が竦んでいた事も思い起こす。おまけに居もしない一つ上の兄を呼び助けを願ってさえいた。初代の主の記録を辿ると必ずその時と、何も出来なかった自らの姿を愚かだったと省みる。
二代目の主は刃の初めの主を弑逆した者だった。
主の元配下だったその男は勇猛で剛毅であったが武にかち過ぎ、斃れぬ兵器である刃を所持した事により自らを戦いの神の化身と名乗り、場慣れした彼であれば先ず勝利したであろうある戦の前に敵方の流言にかかり猜疑心に捕らわれ、自ら有能な部下達を処断し、戦場では挑発により主力の軍団を失った。
大敗による退却の中(この時に刃は多くの伏兵が潜んでいると想定されていた山沿いの帰路を探り切り開けと命を受け現場にはいなかったのであくまで後日の伝聞となるが。)この路であれば見つからぬと主が信じ切っていた狭い切り通しを抜ける退路からの脱却を看破され、敵味方の判別すらつかなくなる暗闇での乱戦の中逃げ場を失ったこの主も、彼が倒した先代と同様に自らの命を絶った。
(この主は僅かの間の主だった。)
今までと同様に主を倒し、その土地を奪った敵方の首魁が刃の三代目の主となった。
やはり彼も大いに喜び刃を迎え、そのまま寿命が尽きるまで戦を行い勝ち、それにより得た莫大な利益で領内を富ませ、所領を増やし続けた。この者が現在の一代前の主であり、 老境に入った彼が生ませた男の子供が今の刃の主である。
今の主の風評については……幼少より老父の寵愛を厚く受け宝の様に大切にされ。外にも臣下の間ですらも暗愚ではないのだが先代を越えられぬ、父君と比べると……。との事で一致していた。
(今の主(刃にとっては四代目だが)は先代に比べ自らが二代目として勝る部分が不足している事を自覚され、それでも主らしく振舞おうとなさっている。)それは刃の感想だった。
だがやはり些細な事でも劣等感に苛まれ、また大きな力を持つ者の愛情を一身に受け育った者の特徴で、我が強く感情の起伏の激しい面を持っている。これではやはり「先代の様に」……
(……部下達の心を掌握出来ぬ。)
その主の性質を知り、部下として彼の内面を慮り、また何よりこの身は主に近い立場の物だとしても兵器であり忍びである。そう思い必要以上の口出しを行う権利はないと考え、主に対し刃は進言をしなかった。
主はまた覇者であったと言える父に倣い、隣接する諸国へ戦を仕掛けたがその結果の大半は捗々しくない……大きな損害の上での戦闘での勝利か、敗北であった。都合の良い言葉を用いれば“休戦”の為、あるいは戦を起こした責任として莫大な金品、先代の集めた珍品秘宝や領地の一部を削り取られ、先代からの恩恵であったそれらを流出させ、徐々にではあるが刃が仕える主の国は確実に弱体していた。
流出したのは物だけではない。
度重なる徴兵と所領の減少により各税が増加し、不満を抱いた民達が父祖の代からの耕地を棄て敵の領内にさえも逃亡していった。
(彼等には勢力も敵、味方についても関係はない。ただ彼等はどうせ負け戦であるのにまた徴兵で働き手を取られ増税で少ない生産物の大半を奪われる。そんな主と領内の元では生活等最早出来ぬと見切りをつけ出て行くのだろう。これでは一度逃亡した民は領内にはもう戻らない)
民。この星の民達。
暗雲立ち込める黒の星に降り立った初めは、その気候と性質が母星による事前調査と全くかけ離れていた眼前の現実に嘆き絶望し、母星へ恨みの言葉を投げかけていた民達。貧しさだけが彼等の離れぬ友であったが決して生き残る事を諦めてはいなかった民達。ひもじさの中で工夫を重ね知恵を絞り家畜を飼い、今も収穫は決して多いとは言い難いが作物を実らせ当初より戦が続く最中、しかし富み強くなりつつあるこの星。
遠く母星から離れ、その恵みを受け得なかったこの星。砂漠の灰の星の様に母化から近い訳でなく、技術者や有識者たちが何度調査を重ねても、その星と同じ様な資源は存在しなかった。なら喉から手が出る程欲し、求める資源を仮にグレイ等の“持つ”星へ赴き力づくで奪取しようにも母星を出て百年足らずのこの星の技術では他の惑星への到達は不可能な事だった。絶望的に距離が離れ、まず新たに船を造る資源がない。
何十年も前の惑星開拓時代に使用した船、機械とその時にともに持ち寄せたブルー製の武器……どちらも非常に旧式の物であるが。それらがブラックの最新技術と兵器となった。(特に後者は一部が流出し、今でも一般人が働き通しても稼ぎ出せぬ程の大変な高額で取引されている。)
持たざる星。民達の生活にも戦にも使用する必要な資源や鉱物が採れない。止むを得ず必要に迫られたこの星の民達は彼等が遥か昔、各々の体を流れる血に残していた記憶の中の技術……母星では遠き東方の、極東と形容されていた島国の古式の技術により生業を始め、それを同じ様に戦にも利用した。瓦あるいは草を葺いた民家、人々の草染めの着衣で景色は藍色が多い。この星の気候に耐え生息する木と、紙と土を用い石の垣で守られた領主達の住まい。城。物不足ゆえの星単位での太古への先祖帰りが始まった。
話を戻す。ついこの数年の間にブラックへ強烈な警戒心を抱き始め、遅れる形でこの星と似た道を辿ろうとしている灼熱の赤の星、支配層でさえ武骨で、ともすれば粗野にも見えかねない気風のこの黒の星の者達は、森と木に囲まれ花の帳の中で歌い、眠るかの如き静けさを保っている緑の星とその民達の様な典雅さは持っていなかった。
だが過酷な環境であった過去に加え凄惨な戦の続く現在のこの星を生き抜く民達は忍耐強く勤勉でもある。