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クマさん、あのね

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体中がほかほかとあたたかかった。爪先はもちろんのこと、髪の毛までが体温を蓄えてゆるくふくらんでいる。指先の細い血管に巡る血が、そうすることが楽しくて仕方がないように、とくとく、とくとく、と駆けまわっていた。
 真っ暗な中でマシューはううん?と寝返りを打つ。目覚めたのが不思議でならなかった。何か楽しい夢を見ていた気がするので、少しだけ残念に思う。
 頬に当たる枕にはたっぷりと自分の体温が染み込んでいて、ぬるくまろく頭を支えているし、清潔な白いシーツも同じようにあたたかく、試しに手足を伸ばしてみても、冷たいところへは出なかった。深い眠りに落ちていた身体の放った熱で、自分はそう、大層幸せな暖かさの中に居た。
 マシューは、丸く、膝を抱え込むようにしてちいさくなる。手も、足も、冷えた所は無かったけれど、ただ自分の細い手足が、それでもそれなりに近頃すうんと伸びてきたような気がしていた。昔はこのベッドだって自分じゃ使いきれないくらいに大きく、シーツの海に飛び込むようにして毎晩眠りについていたというのに。どこまでも潜り込めるしろい布の波にたゆたうように、何者からの――それは自分自身も含まれる――束縛も感じることなく眠りに泳ぐ。泳いで、いた。
 マシューと束縛の概念への理解はまだ遠いところにあったが、ものの見方を少しずつ身につけている今、肌で感じるなにかがあった。特に、兄弟をみているときは。
 知らず知らず自意識の生まれる前を思いながら、マシューは伸びた手足をきゅう、と抱いた。うつらうつらと、答えも、まして問題の根本すらも見つけられていない、悩みともいえないような自我をもてあそんでいても、それは意識のほんの一部でのことであり、現実のマシューは目覚めた瞬間から何一つ変わらず幸せな暖かさの中にいた。幼い頭は簡単に焦点を見失えて、もやもやはすぐにさざ波のように引いていった。
 すう、と息を吸い込む。家や家具の発する乾いた木の匂い、暖炉のなかで短い役目を終えた薪の匂い。それに、とても近いところから届く、今日もはしゃぎながら入ったバスルームの石鹸の匂い。風が出ているのか、時折窓枠ががたりと揺れた。
(うん、いつもどおりだ。)
 周りにこれといった異常は無いようだ。目の利かない夜の帳の、折り重なって隙間の無い暗闇で、頼りになるのは耳と鼻だった。
 マシューは暗闇の中にいるけれど、恐怖は感じなかった。眠る前に、部屋の明かりを消しに来たアーサーに向かって、時には「こわいです」と控え目に主張する。しかし一度眠ってしまったいま、暗闇こそがとても親密な友達のように思えた。
 そろりとシーツを探る手がふと、明確な熱を持ったものとぶつかる。
(あ、アルだ。)
 子ども独特の高い体温を放ちながら、すうすうと眠るアルフレッドを感じて、ふとマシューは思い立つ。いま、何時だろう、と。分かれば、明日朝になって目覚めたとき、アルフレッドに言って驚かせるかもしれない。僕、きのう、こんな夜中に目が覚めたんだよ。きっとアルフレッドは驚く。うわあ、君、じゃあ、お化けは見たのかい?昼間は毎日、遊んだり手伝いをしたり、くるくると良く動き回る兄弟は、いつも眠りが深いから、夜の世界なんて見たこと無いに違いない。
「……」
 ほわほわ、ほわほわ。
 眠りなさい、と諭されているような気がする。空気に、シーツに、ベッドに、夜に。こどもは眠りなさい。眠って大人になってからでも、夜を知るのに遅くはないのだから。
 でも、すこしだけなら、と思いながら、マシューは温まった小さな足を、冷えた木張りの床に着けた。アルフレッドはぴくりともせず眠ったままだった。



作品名:クマさん、あのね 作家名:矢坂*