クマさん、あのね
寝室に飛び込むと、一も二もなくシーツに頭をつっこんだ。どこ?どこにいっちゃった?手探りで求めるのは、彼が与えてくれたクマのぬいぐるみ。
「……う……」
ベッドの足下から拾い上げ、マシューはクマをぎゅっと抱き抱えた。
大きなぬいぐるみだった。マシューの枕ほどの大きさのクマは大人しく抱かれ、ぼたぼたと落ち始めたマシューの涙をその作りものの毛皮に吸わせていた。
「じゃましちゃったよぅ……っく……」
アーサーの肩越しに見た時計の時刻が今も目に焼き付いて離れない。質の悪い冗談じゃないかと思えた。そう思いたかった。
とても忙しそうにしているのは知っていたのに。どうして彼に飛びついてしまったんだろう。彼はまだお仕事があるんだ。あとどれくらい彼は眠れる?あとどれくらいでお仕事が終わる?
冷たい手と、雨のにおいが蘇る。疲れた顔も、――笑おうとして、笑えていなかった口元も。
「でも、でもねっ……それから……」
うれしさが、たしかにうれしさの形をしていたあのときの感情が、どうしてか冷たかった。薄氷でくるんだうれしさ。飲み込んだときのどの奥がすうすうした。
確信があった。
あの人は、絶対に、ああして弱さを見せることはないだろう――青い目をした明るい兄弟に。
でもそれは、あの人の愛情の形が自分と、兄弟との間で、違っているということに他ならない。
「アルにだったら、ぜったいにちゃんと、わらって、くれたんだって……」
笑って強さを被ったまま、抱き寄せたりなどせず、ただ、頭を一撫でして、そして苛立ちや焦燥の散らかった机上を背中に隠し、寝室まで連れて行ってくれただろう。
「っ、うぅぅ……」
泣いちゃだめだ、と思った。こんなに恵まれているのに、彼に愛情を貰っているのに、泣くなんて。クマの頭に口を押し付けた。息が苦しい。
だってあの人の愛情はもとから分け隔てがあって、けれど自分はそれについて一切の不満もない筈なのだ。
自分と兄弟は、違うのだ。
あの人の不器用な一輪の愛情を、綺麗に飲み込んで、大輪の花束に変えて差し出せるのは自分ではない。自分は、その一輪ですら持て余してしまう――今のように。
隣に眠る兄弟の、底抜けの明るさと、こちらの葛藤もろとも飲み込んで笑顔にさせる裏表のなさがあの人には必要だ。
(わかってるけれど。)
あの人が自分に差し向ける、気負いのないちいさなやさしさだけでは、
「ねえ……っく、さびしいよ、クマさん」
兄弟は今も眠りから覚めない。
クマを抱きかかえたまま、シーツから飛び出して冷えていた足先を身体に寄せる。流した涙のせいで熱っぽいシーツの暗い海は、苦しくて苦しくてとても自由に眠れそうにない。
腕の中のクマは、涙を受け止めてくれるけれど、いつまで経っても止めてくれなかった。
「っ……ひっ……」
(ああ、そっか。)
泣き疲れてぼうっとした頭が、ふと、醒めたように理解する。
分かった途端に、マシューは急激な眠気に襲われて、そのまま眠りに身を預けた。