ある夏の日の情景
因みに鈴女は勝手に何処ぞへと遊びに行っているらしく、最近姿を見ていない。
実質的に、建物が本体である人工幽霊一号を抜かせば、事務所にいるのは美神と横島だけという事になる。
仕事を選べば二人で出来る物もあるし、一人で充分な物もあるが、所長である美神が美智恵から強制的に仕事へ駆り出されるのだから、当然業務は止まる。
つまりは。
「………二件の仕事終わらせりゃー後は自由って事か………」
「ま、簡単な仕事だから。期限も月末までだし、アンタのペースでやんなさい。前金は振り込んであるから、生活費はそこから引き落としてね。残りは仕事終わった後、成功報酬として手渡ししてもらって。じゃ、私は今から行かなきゃいけないから」
「あ、はい。いってらっしゃーい」
ばたばたとせわしなく部屋を出て行く美神を見送って。
「………ま、補習も宿題もあるんだから、大して変わんねーよな」
そんな呟きを、自分に言い聞かせる様にぽつりと漏らした。
「………へっ?補習、コレで終わり?」
「そーよー。良かったじゃない。頑張りが認められたんだから!!青春よねっ!!」
「………あー」
トントン拍子と言うべきか。
呆気無く補習も終わり。
「ね、今から遊ばない?だいじょーぶ!!許可は取ってあるから!!」
愛子の提案に、何の事かもよく解らないまま、勢いに押される様に頷いて。
「………何故俺はプールにいるんだろーか………」
どこか遠い目をして呟く横島。
彼は今、学校のプールの中でぼーっと突っ立っていた。
「いいじゃない。暑い部屋に一人でいるよりマシでしょ?」
その呟きに言葉を返したのは愛子だ。
スクール水着にキャップ帽。
勿論髪はしっかり中に入れてます。
「………お前、本体の机から離れられるよーになったのか?」
「少し位なら、ね。学校内だし」
机はプールサイドにしっかりと置かれているのだが、愛子の身体はプールの中だ。
年数を経た為か、横島達の存在により、霊的な力が集まって妖力が高まっている為か、学校内であれば、それ位の芸当は出来るらしい。
「………しかも、何でアイツがいるんだよ」
視線の先には一人の男。
気合いを入れて、机の横で準備体操中。
「健気じゃないの。横島クンの為にわざわざ来たのよ?デートだと思って楽しめば?」
「デートの数に入んのかよ、コレ」
「何言ってるの。好きな者同士が一緒にいれば、それは既にデートなのよ!!ああっ、青春だわっ!!」
「………好きな者同士って………」
「大丈夫!!ちゃんと頃合い見て二人っきりにしてあげるからっ♪」
「いらんわぁっ!!」
声を上げる横島に笑って、愛子はぱしゃぱしゃと泳いで離れていった。
「どーかしたんですか?」
上がった声に、不思議そうな顔で、ピートが寄ってくる。
準備体操を念入りにしていた所為か、二人の会話は聞こえていなかった様だ。
「………何でもねーよ」
「?そうですかー?」
目を逸らす横島に、首を傾げるピート。
ふと見れば、愛子が妙に楽しそうな顔で手を振っていたりする。
益々首を傾げるピートだが、いつまでもそうしていても仕方が無い。
「とにかく、泳ぎましょうか、横島さん!!」
「あー?………まーいーけどよ。疲れるからあんまりなぁ…。ビーチボールでもありゃ違うんだろーが………」
「そうですねー………。折角三人でいるんですから、もー少し別な遊びが出来たらいいんですけど………。あ、スイカ割りとか!!」
「学校のプールで何する気だお前っ!?」
「何不穏な事言ってんのよ。それも青春かもしれないけど、美化委員に怒られるわよ?」
「………何かズレてねーかそれ………つーかお前いつの間に来た」
ともあれ、何だかんだとわいわいと。
キラキラ水飛沫を上げながら爽やかスマイルを向けてくるピートに、
(………アレが何故俺の恋人………美形は敵なのに………)
などと横島が複雑な思いを抱いたりもしつつ。
ビーチボールの代わりにバレーボールを借りてきて、投げ合ってみたり(横島が顔面強打しました)泳げる癖に愛子が横島に手を持ってもらってバタ足の練習をしてピートを妬かせてみたり(愛子曰く青春らしい。何がかは不明)それなりに楽しんで。
「それじゃ、私は先に上がるから。ボールも返しておくから、二人はそのまま帰っていいからねー」
そう言って、教室に帰る愛子を見送って。
「………じゃ、帰るか」
「そーですね」
(………頃合い見て二人っきりにするっつーのはこの事か?)
もう帰るというのにそれは何か違うんじゃないかぁ?とか思う。
別段何を期待してたという訳では無いのだが。
楽しかったは楽しかったが、物足りないとも思ったりする訳で。
しかし、口には出せないので他の事を口にする。
「………そーいやお前、愛子がいても気にしてなかったなー。お前なら二人っきりじゃなきゃやだーとか、だだっ子のよーに騒ぎまくりそーなのに」
「僕を何だとっ!?………いやまぁ、確かに二人っきりじゃなかったのは残念でしたが………皆で遊ぶ事とか、あまりありませんからね。楽しかったですよ」
「………ふーん、そっか」
照れを含んではにかむピートに、些か素っ気無く横島。
そのまま目を逸らしたのは、その表情に胸の辺りが騒いだ訳ではない、と断じながら。
考えてみれば、愛子もそうだろう。
この夏休み中、部活動に来る生徒や、用務員、教師陣はいても、ずっと一人で過ごしているのだから。
まぁ、補習に付き合ってもらっていたのでそういう意味では寂しさも紛れたかもしれないが。
人外であるが故、『皆と遊ぶ』というのは、やはり。
「………やっぱ、皆で遊ぶってのの方がいーか?」
横島はただ単に浮かんだ疑問を口にしただけなのだが、言い方がまずかったらしく。
それをどう取ったのか、ピートはぱちくりと目を瞬かせて。
「え、あ、いやっ!!横島さんと一緒のっ、二人っきりの方がいーですよっ!?」
勢い込んでそう言った。
「………へっ?………いや、ちょっ………そーじゃなくてっ!!」
一瞬何を言われたのか解らず、惚けた横島だが、じわじわと脳に浸透し、理解するにつれ、顔を赤くし誤魔化す様に声を上げた。
だが、ピートは尚も。
「えぇ!?横島さんは僕と一緒なのは嫌なんですかっ!?」
「いっ………!?嫌とは言ってねーだろっ!?じゃなくて!!ただ俺はー!!」
「やっぱり愛子さんの方がいいとかゆーんですかっ!?手を取り合ってバタ足の練習なんてして青春ですかっ!!畜生僕だってぇぇ!!」
「やっぱだだっ子じゃねーかぁぁ!!?」
………ロマンスだとかデートだとかには程遠い気のする二人だった。
自宅へ着いて、溜息一つ。
「ったく、あのアホは………」
自分に言えた事ではないが、色々とダメだろ、アレ。なんて呆れつつ。
ちらり、とカレンダーを見て、思案。
愛子の存在を邪魔にする事なんて無く。
妬いたとは言え、本気で表情を歪ませる事も無く。
三人での遊びを考えて、何だかんだと三人で遊んで。
楽しそうだった半吸血鬼を思考の隅に。
「………取り敢えず、とっとと仕事片付けちまおう」
そう呟いた。