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みっふー♪
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ワンルーム☆パラダイス

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《番外編2》


〜おじさんとナゾのCD大作戦

+++

ある日中庭に出ていたおさげ兄が何の前振りもなく言った。
「おいグラ子、」
「ナニにーちゃん?」
すこんぶ食み食み、妹は振り向いた。
「……」
――ちっちっち、訳知り顔に兄が指を振った。
「違うだろ、そこは“なぁに? おにいちゃんっ?”上目遣いで鼻にかかった猫撫で声だろ、」
「にーちゃんそのギャグおもっそスベってるアルよ」
冷めた目をして妹が突き放した。
「……そう言えば」
さっぱり原稿が進まないので気分転換に中庭に降りていた先生が、やっぱり唐突に口にした、「世間には“おにいちゃんCD”というものが存在するらしいですよ」
「はぇ?」
物置サイズの犬小屋でスピスピお昼寝しているワン公並みに頑丈な犬歯に、――ぶちぃ! 特厚すこんぶを噛みちぎって妹が首を傾げた。
「何スかそれ?」
欠伸混じりに兄が訊ねた。先生は答えた。
「なんでも、ひたすらアレンジを変えて“おにいちゃん”と呼びかけているだけの代物らしいです」
「――俺は現物聞いたことありますよ」
着ぐるみに空の台車をガラガラ引かせて、ちょうど出先から戻って来たらしいロンゲのにーちゃんがドヤ顔にロンゲをなびかせて言った。
「じゃあ、噂は本当なんですか?」
興味津々、先生が訊ねた。妹は傍ですこんぶを食み食みしていた。兄が無言で手を出した。ちょっと考えて、妹は小さい方の切れっぱを兄にくれてやった。それからまた首を傾け少し大分考えて、先生とロンゲと着ぐるみにも、それぞれごく小さなかけらをすすめた。
「いやぁ、アレはなかなかのカルチャーショックでしたぉ、」
もらったすこんぶを口に放り込んだロンゲが、ロンゲをぶゎさと跳ね上げた。
「ま、うまいことルートに乗せればオイシイ資金源確保ってんで、ちょっと参考程度にね……、最初は確かになんじゃこりゃ、だったんですが、聞いているうちにだんだん脳の深層部分が覚醒するというか無理くりシェイキングされる酩酊状態と言いますか……」
「へぇー、」
四人と一匹がすこんぶ片手に車座に首を突き合わせているところへ、
「またそこ集まって何悪企みしてるんですか」
姉と輪番制の買い物帰りのメガネ少年が眉を寄せた。
「ちょうど良かった、」
振り向いた先生が笑顔に少年を手招いた。
「?」
少年は訝しみながらも中庭の輪に加わった。手元にもう分けられるすこんぶがひとかけらもなかったので、妹は素知らぬふりで口笛を吹いた。
「たったいまいいこと思いついたんです」
すこんぶを握ったまま興奮気味に先生が言った。
「?」
一同の視線が先生に集まった。にっこり笑って先生は言った。
「いつもお世話になってるマ夕゛オさんに、皆でおじさんCDを作ってプレゼントしましょう!」
「は?」
皆呆気に取られる中、先生はひとりすっかりその気だった。
「――、」
ごっくん、すこんぶを飲み下した少女が言った。
「面白そうアル!」
――そしたら私、CDを抱いて泣き濡れるおじさんの像を作ってそこに飾るヨ! 中庭の角のアートゾーンを指差して少女が胸を張った。
「……そーだな、」
くっちゃくっちゃ、すこんぶ噛んで腕組みしていた兄も頷いた。「同じ精神的揺さぶりをかけるにしても、思いがけない広角からのアジャストメントは有効だよな」
(……。)
コイツまたぜってーまた何か良からぬことを考えているに違いない、メガネ少年はメガネを押さえて思ったが、それでもマ夕゛オさんに関する企画に自分が参加していないなんて有り得ないので、むしろ監督役のつもりで案件に同意した。
「あ、だったら俺女装子やりましょうか?」
何を勘違いしたのやら、前のめりに手を上げてロンゲが志願したが、
「イエ今回は音しか要りませんから、」
先生に即座にすっぱり却下された。
「そーですか……」
ロンゲはしょんぼり項垂れた。着ぐるみが慰めるようにロンゲの肩に手を置いた。
――ちゅーわけで、アパートの他の住人にも協力してもらって、おじさんには内緒のおじさんCD制作は水面下で着々と進行した。
そうして迎えた敬老の日、参加者を代表してメガネ少年が、出来上がった音源をCDに焼いておじさんにプレゼントした。
「えっこれを私に?」
グラサンに隠されてはいるが、おじさんは既に半分うるっときているようだった。公園のフリマで物々交換で手に入れた年季の入ったCDラジカセにCDをせっとすると、おじさんはちんまり背を丸めた正座で聴き入った。
「〜♪♪♪……」
ねっとから適当に拾ってきた版権フリーのぼんやりしたBGMに乗せて、おじさんCDがスタートした。
トップバッターは何をやらかすかとメガネ少年がいちばん危惧していたおさげ兄だったが、意外にもド直球ストレートにシンプルな軽い調子の「おじさん」だった。妹の方も特に問題なくフツウの少女らしい「おじちゃん」だったし、思い入れありすぎでどーなるんやらと思っていた先生版の「叔父上」もあっさり拍子抜けするほどサラッとしていた。続いてまだむのドスの効いた「叔父貴」やら、事前にNG出されていたにも関わらず本人がどーしてもやりたがった女装子コスを解除した上での2テイクめ、やや虚ろげなロンゲの「叔父貴殿」、メガネ少年の姉の、我が身内ながら恐ろしいほど完璧に作り込まれた完全余所行き声によるトーン高めの「おじさま★」、猫耳ねーちゃんの確信犯的片言「シャッチョさん」、ちょうど某映画を体内メモリにだうんろーど中だったメイドロボの「おいちゃん」、なんで俺がと最後までゴネていた天パの投げやり「おっさん」、どれもこれも、おじさんは俯いて膝に手を置いまま、神妙な面持ちで聞いていた。
(……。)
しきりと手の甲にグラサンの下を拭うおじさんに釣られて、メガネ少年の内にも何か塩辛いものが込み上げて来た。このCDを作ってよかったと心から思った。
ちょうどBGMも途切れ、どれこれで全部お終いかしらん、少年が潤んだ頭でぼんやり思い掛けていたところ、
「ハセガワさん」
そこだけ他とインターバルの異なる隠しトラック的な位置に、世紀末おじさんの穏やかな呼びかけが入っていた。
(――……ええっ?! ――アレっ?!)
何コレ僕の編集ミスかっ?! 少年は焦ったが、……いやネタ録り行ったときに自分の“マ夕゛オさん”呼びだけが浮いてしまうのを避けるため、世紀末おじさんの“ハセガワさん”も敢えてOKテイクとしたのだ、……それを、それをこんな絶妙の位置にスパイス的に配置してしまうなんてっ、天は己の下心を見透かしていたということか、しかもだよ、とどめにボク自分のだけ入れ忘れてんじゃんかボケェェェェ!!!!!
「……」
全てのトラックを終え、鳴り止んだラジカセを見つめておじさんはペラペラ(裏にこっそり画伯イラストジャケ仕込み)のCDケースをひしと胸に掻き抱いた
「わぁぁぁぁ!!!!!」
そのままおじさんは六畳一間の畳に伏せて号泣した。
「マ夕゛オさんっ!」
――泣きたいのはむしろ僕の方ですよっ! その隣で半ベソのメガネ少年、
(……。)
まだむの回覧板を手に、――なんだかなー、戸口の隙間の前に突っ立って、ぼりぼり天パを掻く天パであった。


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