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ワンルーム☆パラダイス

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【付録3】ザ★万事屋怪談



〜洗米〜

秋の夜長のことでした。
外はまんまる月明かり、ちりちりと虫の鳴く台所の窓辺に、
――しゃかしゃかしゃか……、
何かを洗っているような、静かな水音が響きます。
「かぐらちゃん!」
静寂を打ち破り、ひとりのメガネ少年が取り乱した様子に駆けてきました。
「ほぁ?」
流しに立っていた赤毛の少女が、おだんごに結った頭を暢気に上げました。息せき切った少年は拳を握って声を張りました。
「それっ、無洗米だよっ」
「えー?」
――だから何? まるで要領を得ない顔色に少女は眉を寄せました。
「だから!」
わけわかんないのはこっちだよ! 少年は地団太を踏みました。
「その米洗ってあるんだよ! だから無洗米っていうんでしょ! それ以上洗わなくていーのっ!」
「やだなぁ、何言ってんの?」
前掛け姿の少女はいよいよ困惑の表情に顔を顰めました。
「無洗米って、“洗ってない米”だから無洗米っつーんじゃん、洗ってあるなら“有洗米”のはずじゃんか、」
――私間違ってないもんね! 少女はついと顔を反らしました。
「だーからー、そうじゃなくて!」
どう説得したものか、少年は抱えた頭を掻き毟りました。少女がきっぱり言いました。
「もういーからほっといて! 私気の済むまで洗うんだから!」
少年との不毛な問答を打ち切り、ぬかくさいゴハンなんて辛抱なるものか、シャカシャカシャカシャカ、少女は再びしゃかりきに米を洗い始めました。
「ダメだってー! それ以上洗ったって無駄に米が削れるだけだからーーーっっっ!!!」
少年は青筋浮かせて絶叫しました。けれど少女はまるで何かに憑りつかれたように、無心に米を洗うことを決してやめようとしないのでした……。
「……妖怪無洗米洗いか、」
台所の隣の居間のソファで、ぐでーっと伸びて天を仰いでいた天パが呟きました。いちおうタイトルでふいんきだけボケたつもりだったけど、いまいち伝わり辛ぇかなーって急遽ネタ付け足しで余計ワヤになるってゆー、見切り発車の典型例だなー、鼻を掘りつつ自省するのでした。



〜女装子〜

屋根の崩れた天井から不意に降りてきた蜘蛛が、張り巡らせた糸を迷わず辿って行く。
「……、」
見開いた菫色の瞳で蜘蛛の行方を見送って、少女は波打たせた肩に息を飲む。廃墟と化した古い撮影スタジオの一角、足を踏み入れたのはほんの些細な出来心からだった。
「……フフフ、」
――カツ、カツ、カツ、13センチピンヒールの踵を鳴らして、スリットチャイナのロンゲの影が追い詰められた少女の前に迫る。
「そろそろ観念なさいな」
剥き出しのコンクリートにロンゲの冷涼な声が響いた。少女はおだんご頭の耳を覆った。
(……、)
――早く! 早く急いでもう少し、傾いたロッカーの陰から割れたガラス窓の向こうの空に目をやって、……あと少し、あの雲の切れ間に月が覗いたら……!
「いいこと、アタシは女優よッ!」
反らせた指を平らな胸板に当て、大仰なポーズを決めたロンゲの高笑いが廃墟の壁に木霊する。いくら主張したところで決して世間に認められることのない、満たされぬ哀れな女装子の魂は行き場を失い、こうして夜ごと彷徨っているのだ。
「……いやぁね、いつまでそこでひとりかくれんぼしてるつもりかしら」
――カツン、つまらなそうに呟いた女装子のヒールがまた一歩少女に近付いた。少女はポケットに忍ばせた手鏡を握り締めた。
独り言のように女装子は続けた、
「アタシ、ひとりかくれんぼだったら誰にも負けないんだから、……何べんオニが代わっても、結局誰にも最後まで見つけてもらえないまま、かくれんぼ自体さっさと解散してるなんてざらじゃないんだからッ……!」
――チックショぉぉぉーーーー!!!!
何か古いトラウマを勝手に誘発してしまったのか、ロンゲを振り乱した女装子の身体が人ならぬ角度にぐらりと傾いだ。少女は破れた窓を見上げた、――いまだ!
「悪霊退散ッ!」
カンフーシューズに床を蹴り、少女はロッカーの陰を飛び出した。手にした銀の手鏡を女装子の顔前に突きつける。満月の白い光に照らされて、丸い手鏡にまざまざと映し出された己の姿、
「ぎィヤぁぁぁぁぁ!!!!!」
剥げた化粧に爪を立て、断末魔の叫びを上げて女装子の霊は灰色の煙と掻き消えた。
「……」
少女は固く手鏡を握っていた腕を下ろした。手の甲で拭った額に、背中にも、じっとり嫌な汗が滲んでいる。なお耳の奥にこびり付いて離れないような今際の声、二度と遭遇したくはない、おぞましい体験だった。
しかしなぜだろう、自ら昇天させたはずのあの女装子の境遇を思うたび、少女は何とも言えぬ憐みの情のようなものが己の胸に浮かぶのを、しみじみ禁じ得ないのであった。