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みっふー♪
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novelistID. 21864
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ワンルーム☆パラダイス

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〜まだらの男〜

袴姿に風呂敷包みを襷掛けした少年は日暮の帰り道を急いでいた。
「……もし、」
と、人気のない薄暗い道脇から突如ぬうっと現れて少年に問うものがあった。
「……えぇっあっ、……ハイ?」
肝を冷やした動揺をぎこちない笑顔に押し隠して少年は応えた。
「……」
だが、相手はそれ以上何も言葉を発しようとしない。着古した半纏、半端な丈の猿股に痩せた脛を剥き出し、擦り切れた草履を突っ掛けた髭面中年の男は、表情の見えない黒眼鏡の下からじいっと少年を見据えている。
「……あの、」
痺れを切らして少年は訊ねた。
「ボクに何か……?」
「……」
猫背に立ち尽くしたグラサン男は深い溜め息をついた。少年は眼鏡の蔓を押さえて目を瞬かせた。
「――あの、」
特に用がないなら、ボク急ぎますんで、深い関わり合いになる前に一刻も早くこの場を立ち去るべきだ、――思えばあれが虫の知らせだったのかもしれない、身を翻しかけた少年の袖をおじさんの縒れた半纏から伸びた手がはっしと掴んだ。
「――!」
少年はぎょっとした。震える指に必死に縋り付くおじさんはあまりに弱々しく非力だった。
「ひょっとして、何も食べてないんですか?」
少年は訊ねた。おじさんの漆黒のグラサンの下から、透明な涙がぽろりと髭面を伝った。おじさんは、恥じ入るように遅れて小さく頷いた。
「……」
少年は短い息をついた。――仕方がない、あんまり気は進まないけど、
「僕、知ってる人がやっている店がありますから、そこへ連れて行ってあげます」
――そこならとりあえず何か食べさせてくれますから、少年は言った。
「ほっ、本当かいっ?」
うらぶれたおじさんの顔にぱあっと明かりがともった。その表情を見ていると少年はますます気が重くなったが、何しろこのまま行き倒れるよりはマシだろう、自分に言い聞かせると元来た道を引き返して顔なじみのすなつくにおじさんを案内した。
年季の入った暖簾をくぐり、引き戸を滑らせた少年を、
「――らっしゃい、」
煙管片手のまだむのダミ声が迎え入れた。そう広くはない店内は、カウンターの一角を覗いて今日もほぼ満席状態だ。
「……なんだ、アンタかい」
少年の顔を見るなり、紫煙を吐いてまだむが言った。和装の極妻然としたまだむの風貌に気圧されてか、おじさんは少年の後ろに小さく身を屈めた。
「すみません、」
背後に張り付いているおじさんの方に目をやりながら少年は言った。「この人に何か食べさせてあげてもらえませんか」
「……後払いでも、お代はきっちり頂くよ」
働かざる者食うべからずさ、まだむはニイッと濃い紅の口角を歪めた。
「大丈夫ですよ、」
少年はガチガチに強張っているおじさんの腕をポンと叩いた。「何もおじさんが取って食われるわけじゃないですから」
なおも怯えるおじさんをなんとかなだめてカウンターの席に着かせて、
「……ホラよ、今日は特別上物だよ」
――アンタ悪運強いよ、ドスの効いた笑い声に、俯くおじさんの前にまだむが皿を置いた。
「!!」
目を上げて、おじさんの青ざめた頬にたちまち高揚の色が差した。渋好みの角皿の上にほかほか湯気を立てているのは肉厚の真鱈の干物を炙ったやつと、続けて出された山盛り丼飯に青菜の汁と小鉢と漬物、それからまだむの心付けのお銚子ひとつ、
「いいいいただきますっ!」
おじさんは咽び泣きながらたちまち器を空にした。傍で苦笑いに見守りながら、……そのとき少年はまだ知らなかった、知らない方が幸せだった、感涙と涎と鼻水混じりに真鱈に齧り付いているこの男と自分との間に断ち切れぬ宿業の糸が張り巡らされていることを、そしてその先になんやかんやのうっかり手違いでまだむまでもが絡め取られていることを。
「……それじゃおじさん、食べた分はしっかり働いて返してくださいよ、」
少年はまだむの方にも軽く会釈をすると暖簾に手を掛けた。
「もちろんだとも! 今日は本当にありがとう!」
――恩に着るよ、明るいおじさんの声が店を出た少年の背中に何故か立ち去り難い響きを残した。