フォートレスタワーの休日
明日は久しぶりに、虎徹とバーナビー二人そろってのオフだ。バーナビーはこの日を心待ちにしていた。二人そろって完全な一日オフが取れることは非常に珍しい。
ホントはデートらしくどこかに出かけて二人の思い出を作りたい。けれど連日のハードスケジュールにきっと虎徹も疲れているだろう。おいしいものでも食べて、二人でゆっくり過ごせたらそれで充分。バーナビーはそう思っていた。
「虎徹さん、僕、いいイタリアンの店を見つけたんですよ。明日一緒に行きましょう」
バーナビーがそう言うと、虎徹は「あー」と唸った。
「あーオレ、明日ムリだわ……」
「……」
バーナビーは微笑をたたえたまま固まった。
「ごめんな、バニーちゃん」
「なぜです……」
「えーと…」
「せっかくの二人の休日を、なぜ僕のために空けておいてくれないんですか!?」
恋人となってまだ二ヶ月。二人きりで一日ゆっくりできた日は皆無といっていい。虎徹は平気なんだろうか?
「いや、ホントーにすまん!」
虎徹が両手を合わせて、拝むように首を垂れる。東洋人らしいこういう行為も普段ならかわいく思えるのだが、今はただ苛立ちを増すだけだった。
「それがさ、明日娘がシュテルンビルトに来るんだわ」
「え…娘さんが?」
「そう、フォートレスタワーに行きたいって言うから連れて行ってやろうかと思ってさ。本人は『お父さんとなんか歩きたくない!』って嫌がってるんだけどさ…」
「そうなんですか…、それならそうと早く言ってくれればいいのに」
バーナビーは家族サービスには理解がある。親子の時間は大切だ。
「うん。その…ホントに悪いな、バニーちゃん」
「別に謝る必要はありませんよ。僕も行きますから」
「……は?」
間抜けな顔で虎徹が聞き返す。
「一度あなたの娘さんには、ちゃんとご挨拶しないとって、思ってたんですよ。ちょうどいい機会ですから」
「いやいや、ちょっと待ってよバニーちゃん。それはダメ、ダメだよ! だってオレ、ヒーローやってること娘に言ってないんだぞ? お前のこと、なんて説明すりゃいいんだよ!?」
「…恋人と」
「言えるかー!」
バーナビーの片眉がつり上がった。
「なぜですか、僕とのことは所詮遊びだったってことですか!」
「んなこと言ってねーじゃん」
虎徹が脱力した。
「だからさー、一般人のオレと、KOHのお前が知り合いだったらおかしいだろ? そもそも楓はバニーちゃんのファンなんだからさ、困るよバニーちゃん来たら。お父さん立つ瀬なくなっちゃうよ」
「しかし、そんなことを言っていては一生娘さんに挨拶が出来ません。将来は僕の娘にもなる人なのに」
「……なにマジ顔でトンデモ発言しちゃってんの」
「トンデモってどーゆうことですかっ。やっぱり僕とのことは遊び…」
「だーかーらー違うってば!」
虎徹はバーナビーを連れて行かないことを納得させるのに、この後実に3時間を要した。
ところがその努力は報われなかった。
翌日。人でごったがえすフォートレスタワー正面玄関前に、サングラスで軽い変装をしたバーナビー・ブルックスJr.がいた。
バーナビーは思う。昨日の話を総合すると、虎徹さんは自分と接点がない(という娘用設定がある)から来てはいけないと言っているわけである。ならば解決方法はたった一つ。他人の振りをして鏑木親子に接触すればいい! 虎徹さんとはあくまで初対面のフリで接触すれば娘さんも違和感なくバーナビーを受け入れるだろう。
そんなわけでバーナビーは鏑木親子を待ち伏せしていた。
「ちょっと、待ってよ楓~」
聞き慣れた情けない声が聞こえてきて、バーナビーはくるりと振り返った。
「ふん! もうお父さんなんか知らない! ついてこないで!」
「お父さんが悪かったから、許して楓ちゃーん」
「しつこい!」
叫んで猛スピードで歩いてくる少女が見えた。愛らしい顔はよく見るとところどころにいとしい人の面影がある。
バーナビーは一目で楓を気に入った。僕はきっと、彼女の良き父親になれるだろう。バーナビーは確信した。
彼は彼女が目の前まで来るのを待って、道に飛び出した。勢いよく歩いてきた楓は急には止まれず、バーナビーにぶつかった。
「きゃっ」
バーナビーは、体勢を崩した楓の腕を優しく取って引き寄せた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「は、はい! ……あ、あれ?」
バーナビーの顔を覗き込んで、楓は口をパクパクさせた。
「しーっ」
悪戯っぽく片目を瞑って見せて、バーナビーは楓を黙らせた。
「プライベートなんです。騒がれないように協力してくださいませんか?」
目をまんまるくしている娘の後ろでは、その父親が口をパクパクさせていた。よく似た親子だな、とバーナビーは思う。
「すごいキレイ!」
フォートレスタワーの中に入った楓は感嘆の声を上げて走り出す。それに続く大人二人はゆっくりと歩きながら、ひそひそと話し合っていた。
「なんでバニーちゃん来ちゃったの?」
「別にいいじゃないですか。ちゃんと他人のフリしてますし」
「いやいやいや、おかしいだろ! KOHが一般人親子とフォートレスタワー見学してたらおかしいだろ!」
「うるさい人だな」
バーナビーがつぶやく。
「不注意にぶつかったお詫びにフォートレスタワーを案内するっていう説明に、楓さんは納得してくれましたよ」
「えー、そうだけどさー」
口をとんがらせている虎徹はかわいい。本当ならいますぐキスしたい。だが(将来の)娘の眼前だったので、バーナビーはぐっとこらえた。
「あ、あの……」
ふと見ると、楓がカメラを手にしたままバーナビーの目の前でもじもじしていた。
「どうしました? 楓さん」
バーナビーが特上の笑顔で話しかけた。
「い、一緒に、写真撮ってもらってもいいですかっ!?」
「ええ、もちろん、よろこんで」
「やった! お父さん、はい!」
当然のごとく虎徹は撮る係である。
「楓、バニーちゃんと写真撮ってもいいけど、その後お父さんとも撮ろうな」
「イヤ! ていうかバニーちゃんってなに? まさかバーナビーさんのこと? 失礼にもほどがあるでしょ!!?」
「いいんですよ、楓さん。それにバニーちゃんってあだ名、結構気に入ってるんで…」
「バーナビーさん…、うちの父なんかにそんな気を使わなくていいのに」
なぜか楓はいたたまれない様子だ。
「楓さん、お父さんとも写真撮ってください。僕、撮りますから」
「そんなことバーナビーさんにさせられません! それに撮りたくないし!」
バーナビーは思わず苦笑した。
「楓さん、お父さんのことキライなんですか?」
「イヤなんです。いい加減だし、嘘ばっかり吐くし、約束守らないし」
「ああ……」
その気持ちはバーナビーにもなんとなく分かる。
「もっと、かっこいいお父さんなら良かったのにな…」
かっこいいお父さん……。
「も、も、もしかして! 楓さんは! 僕みたいなお父さんが欲しかったりしませんか!!!?」
バーナビーは思わずドモった。
「はえ? バーナビーさんみたいな?」
「そうです!」
バーナビーの鼻息が荒い。楓は少し困ったような顔をした。
ホントはデートらしくどこかに出かけて二人の思い出を作りたい。けれど連日のハードスケジュールにきっと虎徹も疲れているだろう。おいしいものでも食べて、二人でゆっくり過ごせたらそれで充分。バーナビーはそう思っていた。
「虎徹さん、僕、いいイタリアンの店を見つけたんですよ。明日一緒に行きましょう」
バーナビーがそう言うと、虎徹は「あー」と唸った。
「あーオレ、明日ムリだわ……」
「……」
バーナビーは微笑をたたえたまま固まった。
「ごめんな、バニーちゃん」
「なぜです……」
「えーと…」
「せっかくの二人の休日を、なぜ僕のために空けておいてくれないんですか!?」
恋人となってまだ二ヶ月。二人きりで一日ゆっくりできた日は皆無といっていい。虎徹は平気なんだろうか?
「いや、ホントーにすまん!」
虎徹が両手を合わせて、拝むように首を垂れる。東洋人らしいこういう行為も普段ならかわいく思えるのだが、今はただ苛立ちを増すだけだった。
「それがさ、明日娘がシュテルンビルトに来るんだわ」
「え…娘さんが?」
「そう、フォートレスタワーに行きたいって言うから連れて行ってやろうかと思ってさ。本人は『お父さんとなんか歩きたくない!』って嫌がってるんだけどさ…」
「そうなんですか…、それならそうと早く言ってくれればいいのに」
バーナビーは家族サービスには理解がある。親子の時間は大切だ。
「うん。その…ホントに悪いな、バニーちゃん」
「別に謝る必要はありませんよ。僕も行きますから」
「……は?」
間抜けな顔で虎徹が聞き返す。
「一度あなたの娘さんには、ちゃんとご挨拶しないとって、思ってたんですよ。ちょうどいい機会ですから」
「いやいや、ちょっと待ってよバニーちゃん。それはダメ、ダメだよ! だってオレ、ヒーローやってること娘に言ってないんだぞ? お前のこと、なんて説明すりゃいいんだよ!?」
「…恋人と」
「言えるかー!」
バーナビーの片眉がつり上がった。
「なぜですか、僕とのことは所詮遊びだったってことですか!」
「んなこと言ってねーじゃん」
虎徹が脱力した。
「だからさー、一般人のオレと、KOHのお前が知り合いだったらおかしいだろ? そもそも楓はバニーちゃんのファンなんだからさ、困るよバニーちゃん来たら。お父さん立つ瀬なくなっちゃうよ」
「しかし、そんなことを言っていては一生娘さんに挨拶が出来ません。将来は僕の娘にもなる人なのに」
「……なにマジ顔でトンデモ発言しちゃってんの」
「トンデモってどーゆうことですかっ。やっぱり僕とのことは遊び…」
「だーかーらー違うってば!」
虎徹はバーナビーを連れて行かないことを納得させるのに、この後実に3時間を要した。
ところがその努力は報われなかった。
翌日。人でごったがえすフォートレスタワー正面玄関前に、サングラスで軽い変装をしたバーナビー・ブルックスJr.がいた。
バーナビーは思う。昨日の話を総合すると、虎徹さんは自分と接点がない(という娘用設定がある)から来てはいけないと言っているわけである。ならば解決方法はたった一つ。他人の振りをして鏑木親子に接触すればいい! 虎徹さんとはあくまで初対面のフリで接触すれば娘さんも違和感なくバーナビーを受け入れるだろう。
そんなわけでバーナビーは鏑木親子を待ち伏せしていた。
「ちょっと、待ってよ楓~」
聞き慣れた情けない声が聞こえてきて、バーナビーはくるりと振り返った。
「ふん! もうお父さんなんか知らない! ついてこないで!」
「お父さんが悪かったから、許して楓ちゃーん」
「しつこい!」
叫んで猛スピードで歩いてくる少女が見えた。愛らしい顔はよく見るとところどころにいとしい人の面影がある。
バーナビーは一目で楓を気に入った。僕はきっと、彼女の良き父親になれるだろう。バーナビーは確信した。
彼は彼女が目の前まで来るのを待って、道に飛び出した。勢いよく歩いてきた楓は急には止まれず、バーナビーにぶつかった。
「きゃっ」
バーナビーは、体勢を崩した楓の腕を優しく取って引き寄せた。
「すみません、大丈夫ですか?」
「は、はい! ……あ、あれ?」
バーナビーの顔を覗き込んで、楓は口をパクパクさせた。
「しーっ」
悪戯っぽく片目を瞑って見せて、バーナビーは楓を黙らせた。
「プライベートなんです。騒がれないように協力してくださいませんか?」
目をまんまるくしている娘の後ろでは、その父親が口をパクパクさせていた。よく似た親子だな、とバーナビーは思う。
「すごいキレイ!」
フォートレスタワーの中に入った楓は感嘆の声を上げて走り出す。それに続く大人二人はゆっくりと歩きながら、ひそひそと話し合っていた。
「なんでバニーちゃん来ちゃったの?」
「別にいいじゃないですか。ちゃんと他人のフリしてますし」
「いやいやいや、おかしいだろ! KOHが一般人親子とフォートレスタワー見学してたらおかしいだろ!」
「うるさい人だな」
バーナビーがつぶやく。
「不注意にぶつかったお詫びにフォートレスタワーを案内するっていう説明に、楓さんは納得してくれましたよ」
「えー、そうだけどさー」
口をとんがらせている虎徹はかわいい。本当ならいますぐキスしたい。だが(将来の)娘の眼前だったので、バーナビーはぐっとこらえた。
「あ、あの……」
ふと見ると、楓がカメラを手にしたままバーナビーの目の前でもじもじしていた。
「どうしました? 楓さん」
バーナビーが特上の笑顔で話しかけた。
「い、一緒に、写真撮ってもらってもいいですかっ!?」
「ええ、もちろん、よろこんで」
「やった! お父さん、はい!」
当然のごとく虎徹は撮る係である。
「楓、バニーちゃんと写真撮ってもいいけど、その後お父さんとも撮ろうな」
「イヤ! ていうかバニーちゃんってなに? まさかバーナビーさんのこと? 失礼にもほどがあるでしょ!!?」
「いいんですよ、楓さん。それにバニーちゃんってあだ名、結構気に入ってるんで…」
「バーナビーさん…、うちの父なんかにそんな気を使わなくていいのに」
なぜか楓はいたたまれない様子だ。
「楓さん、お父さんとも写真撮ってください。僕、撮りますから」
「そんなことバーナビーさんにさせられません! それに撮りたくないし!」
バーナビーは思わず苦笑した。
「楓さん、お父さんのことキライなんですか?」
「イヤなんです。いい加減だし、嘘ばっかり吐くし、約束守らないし」
「ああ……」
その気持ちはバーナビーにもなんとなく分かる。
「もっと、かっこいいお父さんなら良かったのにな…」
かっこいいお父さん……。
「も、も、もしかして! 楓さんは! 僕みたいなお父さんが欲しかったりしませんか!!!?」
バーナビーは思わずドモった。
「はえ? バーナビーさんみたいな?」
「そうです!」
バーナビーの鼻息が荒い。楓は少し困ったような顔をした。
作品名:フォートレスタワーの休日 作家名:つばな