フォートレスタワーの休日
エレベーターに乗り込んですぐ、バーナビーは虎徹の横に擦り寄った。
「虎徹さん、なんで怒ってるんですか?」
「怒ってねーよ」
「怒ってます」
そう言って、バーナビーはぷうっと膨れた。
「そんなに僕が楓さんと会うの嫌だったんですか」
「いや、そーじゃねーんだけどな…」
虎徹がもじもじしながら言った。本当に良く似た親子だ、とバーナビーは思う。
「だってよお、楓のやつ、バニーちゃんみたいな父親がいいって言うしさあ! その上、バニーちゃんの恋人になりたいなんて言っちゃって! 『お父さんのお嫁さんになる!』って言われるのがオレの夢なのに、バニーちゃん会ってから数分でもうそのレベル! レベル高すぎ!」
「恋人になりたいなんて言われてませんよ」
「言いかけてたの! バニーちゃん鈍感だから気づいてないけど言いかけてたの! お父さんとは写真撮るのも嫌だけど、バニーちゃんだったら父でも恋人でもOKなのウチの娘は!」
「なんだ、そんなことですか…」
バーナビーは思わず苦笑した。
相変わらず鈍感な人だ。娘さんの気持ちにも気づけていない。
「そんなんだから、娘さんに反抗されちゃうんですよ」
「ええ? どういう意味だよ!」
さっきの楓の困った顔を見て、バーナビーはすぐに悟ったというのに。楓がどんなにバーナビーのことが好きでも、普段どんなにその人を邪険に扱っていようとも、楓にとって父親はたった一人なのだ。
エレベーターの扉が開いて、シュテルンビルトの景色が視界いっぱいに広がる。そこで突然バーナビーと虎徹のPDAが鳴り出した。
「くそっ、こんな時に」
通信を取ろうとする虎徹をバーナビーは手で制して、自分だけが回線を開く。
「ボンジュール! ヒーローズ! 事件よ」
アニエスの声が響いた。
「すみません、楓さん。僕は出動しなければいけません」
「はい! 頑張ってきてください! 応援してます!」
楓が目をキラキラさせて言う。
「あー、楓? そのー、お父さんも急用が…」
「虎徹さんはイイです」
しれっとした顔でバーナビーは言い放った。
「はあ?」
バーナビーは巧みに楓と距離を取り、小さな声で虎徹にささやいた。
「ヒーローとしてのあなたの代わりなら、僕で充分務まります。充分すぎるほど」
「……言いすぎだろ、バニーちゃん」
「でも、父親としてのあなたの代わりを務められる人はいないんですよ。だからここは僕に任せて」
「でもなあ」
「僕を信頼してください」
「……分かった。悪いな、バニーちゃん」
ふと、思い出したようにバーナビーが言った。
「虎徹さん、前にここで爆弾処理しましたよね」
「ああ、懐かしいな」
それはまだ二人がコンビを組んで間もない頃のことだ。
「あの時、どっちが上になるかで揉めましたよね」
「……ええ!? 全然そんな話してないよね? 上の導線切るかどうかで揉めたんだよね? そもそも当時まだ付き合ってないし!」
「あの時、あなたがどうしても上だ! って言い張るから僕は譲ったんですよ」
「ねえ? バニーちゃん頭大丈夫? ホントおじさん心配になってきた!」
「でも、上を譲ってよかったです。だって、そうじゃないと僕、楓さんのお母さんになれないですもんね」
楓の父親は虎徹しかいないが、楓の母親は鬼籍に入っているので空席だ。鏑木ファミリーに入るには、ここに滑り込むしかない。
そのまますたすたと歩み去っていくバーナビーを虎徹は呆然と見送っていた。
「バーナビーさん! どうぞご無事で! 頑張ってください!!」
目一杯手を振ってバーナビーを見送る楓の声援だけが響いていた。
作品名:フォートレスタワーの休日 作家名:つばな