ミニ☆ドラ
1章 信じられない訪問者
クリスマスの夜、少年は一人で暗い部屋にいた。
ドアの向こうのダイニングルームから、楽しそうな笑い声が響いてくる。
おいしそうなにおいは、おそらくターキーのローストだろう。
ポン!
軽やかに響くシャンパンを抜く音とともに、「メリークリスマス」という声が高らかに流れてきた。
楽しい音楽、暖かな部屋、シャンデリアは輝き、そこは笑い声に満ちているに違いない。
(自分には関係ない話だけど)と、少年は肩をすくめた。
空腹でおなかが鳴る。
彼の夕食はあの大食らいの一家が散々食い散らかして、後片付けをさせるためだけに呼ばれるまでお預けだ。
今日はご馳走だから残り物も多くて、いつもより多く食べれるかもしれないな。
なんて幸運なんだろう。
なんて素敵なクリスマス。
――フン、バカみたいだ!
ふてくされて、古くてスプリングが壊れかけのベッドに寝っ転がった。
生まれてからこのかた、一度も楽しい記憶なんかなかった。
彼が赤ん坊のころ両親は事故で死に、親戚の家に引き取られてから、ずっと彼は一人ぽっちだった。
家では体のいい小間使いで、学校へ行けば意地の悪いイトコの荷物持ちだ。
これじゃあまるで、古いおとぎ話の主人公のようじゃないか。
あのお話だと、親切な魔法使いが助けてくれるれて、幸せなハッピーエンド。
だけど、現実はそう甘いものではない。
夢みても何も変わらないし、それで腹がいっぱいになるわけじゃない。
下手に希望なんか持ったら、叶わなくて傷つくのかオチだ。
……何も望まず、願わず、ただ息をしている存在。
『いつか』なんか、きっと自分の前にやって来やしないんだ。
薄い毛布にくるまると、いつしかその暖かさに包まれて眠り込んでいたらしい。
「……おい。――おい、お前!聞こえないのか?お前と言ったら、お前なんだよっ!!」
鼻先を鋭い痛みが駆け抜けた。
「……ってー!!いったい何だよ」
寝返りを打って、壁に顔でもぶつけたのかな?と、眠い目をこすって起き上がる。
そして動きが止まった。
……自分はかなり寝ぼけているらしい。
目の前に変な物体が立っていた。
(……こりゃー、またメルヘンな夢を見たもんだ)と、ハリーはハハハと笑って、もう一度寝直そうとした。
そして、しこたまその変な相手から、顔面パンチを食らったのだった。
「早く、起きろ。寝ぼすけ!せっかく来てやったのに!なんだ、その態度は!!!」
相手は腰に手を当てて、ものすごく怒っていた。
「……誰もお前を呼んでないっつーの。いったい君は何だよ!宇宙人か?未知の生物にしては、しみったれた格好だな!!」
悪態をつき、ハリーはブスったれた顔で起き上がる。
彼は子供のころからいじめまくられたお陰で、かなり捻じ曲がった性格になっていた。
「何を!この格好を見て、なんだか分からないのか、おまえはっ!?」
ハリーは胡散臭そうな顔で、相手をジロジロ見つめた。
「――ハロウィンの仮装か、なにかか?……にしては、季節間違っているぞ。もうその季節はとっくの昔に終わってるよ。今は12月だ。残念でした!さっさと、僕の前から消えてくれ!はい、さようなら!」
ハリーは寝なおそうしたが、相手はそれを許さなかった。
「こっ、こっ……このーーーーっ!僕は魔法使いだ!!」
甲高い声とともに怒りのとび蹴りが、ハリーの胸倉めがけて飛んできた。
──が、思ったより強力じゃない。
だって相手は10cmにも満たない体だったからだ。
肩でゼーゼー息している小さい物体の背中を、ハリーはヒョイとつまみあげる。
「――魔法使い、君が?」
ハリーの指に摘まれて、ブラブラ揺れながら、相手はうなずいた。
「そうだ!僕は、魔法使いだっ!それも血統がすこぶるいい、マルフォイ家のな。ありがたく思えっ!!」
「……ありがたく思えってってさ、いったい何なんだよ?。第一、僕は魔法使いなんか頼んだ覚えもないし、知り合いもいないしな……。それに、ああいうものって、想像上の生物でしょ?」
ハリーは珍しそうに黒いとんがった三角帽子や、黒いマントをめくったりして、その中をしげしげと覗こうとする。
「ぎゃっ!!なに見てるんだ、貴様ーっ!!」
相手が派手に、ばたばたを暴れだした。
「いやー、よく出来たおもちゃだなーって、思って。ネジとかどこかに付いているのかと思って探しているんだけど……」
「んなの、ないに決まっているだろ!僕は本物だ。お前はなんて、失敬なヤツだっ!!」
ハリーは相手があまりにもうるさいので手を離した。
「確かに君の格好は魔法使いみたいだけど、小っさすぎるよ。まるで出来損ないの、チビだ」
相手は本当に怒り心頭という感じで、背中をいきり立たせた。
「なんだと!出来損ないなんて言うなっ!マルフォイ家の御曹司の、僕に向かって!!チビだとーっ!!!」
毛を逆立てんばかりに、怒り狂っている。
「この!この!この!」とパンチを繰り出してくるが、そんなのはハリーにとったら、ただのネコパンチだ。
はい、はいと軽く相手のおでこを押さえて、受け止めた。
「さっきから、マルフォイ家、マルフォイ家って言ってるけど、それは何なの?魔法使いの名家とか?」
その言葉に待っていましたとばかりに、小さな魔法使いは話に乗ってきた。
「そうだ!マルフォイ家というのは、魔法使いの中でも最も古い一族で、その繁栄は軽く2000年以上前から――」
「ストップ!ストップ!そんな歴史なんか関係ないよ。なぜ、そのことと僕の接点が、知りたいだけだ」
ああそのことかという顔で相手はうなずく。
「君はシンデレラを知っているか?」
「ああ、おとぎ話の、あれだろ」
したり顔で、相手はチチチと指を横に振った。
「あれはおとぎ話じゃないよ。実話だ。正真正銘の本当の話さ。しかもあれに出てきた魔法使いは、僕のひいひいひいおばあ様に当たるお方だ」
どうだ驚け!とばかりに、相手は胸を張る。
「君はなんだ……、その有名人の子孫だということを自慢しにきたわけ?こんなクリスマスの夜に?」
「ちがーうっ!!僕は君の望みを叶えにきたんだ!!」
「――僕の?……もしかして、僕はあのシンデレラの子孫で、なんていうお話?」
「いや、それは関係ない!シンデレラの子孫は今も王族だし、君は立派な平民だ!」
きっぱりと言い切られてしまう。
「ああそうですか!」と、ハリーは肩をすくめる。
「じゃあなんで、この僕にそのラッキーな白羽の矢が当たったのかな?」
皮肉を込めて尋ねてみた。
「決まっているだろ。僕の担当のロンドンで、一番惨めなクリスマスの夜を過ごしているのが、君だったからだ!その幸運を感謝しろ!!」
「――感謝できるかっ!!」
カッとなってハリーは叫んだ。
一瞬、ハリーはショックで涙ぐみそうになる。
ちくしょーっ!こいつは何だ!
ロンドンで一番惨めだって!言ってくれるじゃないか!
ああ、そうだよ、僕は痩せっぽちで、頭も悪いし、スポーツもからっきしだ。
親は死に、親戚は意地悪だし、友達なんか一人もいない。
だからこのかわいそうな孤児に、サンタの代わりに、魔法使いが望みを叶えてくださるのか。
はっ、バカバカしい!
「出ていけ!」