ミニ☆ドラ
7章 休暇明け
その日の朝、食事の手伝いを終えると、ハリーは慌てたようにバタバタと屋根裏部屋へ駆けあがっていく。
部屋のカーテンの上にちょこんと座っていたドラコは急いで飛び降り、ハリーの背中に貼りついた。
「いったい、どうしたんだ?そんなに慌てて」
階段を上っていく弾むハリーのからだからずれ落ちそうになり、しっかりとシャツを掴み直しながら尋ねる。
「時間がないんだ」
それだけを言うと、ハリーは自室に入り、机の上のものをろくに確認せずに、ちびた鉛筆や割れた消しゴムやノートなどを、かなりヨレヨレの鞄の中に放り込み始める。
「ああっと、教科書はどこだったかな」
うろうろと視線を左右に向ける。
「まいったな、もう遅刻しそうだっていうのに」
見ているたけでは埒があかないと思ったのか、今度はベッドのシーツをめくったり、クローゼットのドアを開いたりして動き回り、そしてとうとう、それらをテーブルと壁との隙間で発見して、腕を伸ばして狭い場所から苦労して取り出した。
「わっ、かなり埃っているな」
バタバタと薄く塵が付いた本たちを振って、きれいにしようとする。
ドラコはおとなしく、それらの行動を不思議そうにじっと見つめていたけれど、「ああっ!」と声を上げた。
「もしかして、ハリー。君は学校へ行くのか?」
ハリーは変な形に織り目が付いてしまった教科書をバックに押し込むと、「ああ、そうだ」とあまり気乗りのしない声で返事を返した。
「冬休みが終わったからね。またつまらない授業が始まるんだ……」
顔をしかめつつ、ハリーは通学する準備をし続けている。
チェックのシャツにスエット地のパーカー、下は擦り切れたジーンズの上に、安そうなナイロン製のコートを羽織る。黒いニット帽にくしゃくしゃの黒髪を押しこむ彼の出で立ちは、着古されていて、外は大雪が積もっているというのに、あまりにも薄着の恰好だ。
教会での慈善バザー品をかき集めたような姿のまま、古いバックを背負おうとしている。
手袋に手を通していると、机の上に立ったままじっと、自分を見詰めていたドラコに気付いたようだ。
「この部屋は寒いからね、下のリビングに行ったらいいよ。また叔母さんは家じゅうの家具という家具をピカピカに磨くと思うから、あの部屋には入ってこないと思うし。お腹がすいたら、キッチンのカップボードの奥に食べ物を隠しておいたから、それを食べて」
笑いながら、ドラコの金色の頭を何度も撫でる。
毛糸に包まれた指先はくすぐったかったけれど、ハリーにそういうふうに撫でられるのは好きだった。
ドラコは相好を崩しながら、ハリーに満面の笑みで大きな声で言う。
「僕も行きたい!学校へ行ってみたいっ!」
ハリーは戸惑った顔になる。
「――えっ?君は学校へ行きたいのか、なんで?」
「だって、僕は今まで一度もそういう所へ通ったことがなかったからだ」
「……学校へ行ったことがないって……、学校は義務教育だろ?こどもはみんな、そこへ通わなきゃならないっていう法律が――」
ドラコはハリーの手の上によじ登って、首を左右に振った。
「僕は魔法使いだぞ。マジックの世界に義務教育とか、難しい法律がある訳ないじゃないか」
「でも、それだったら、どういう風に知らないこととか勉強するんだ?」
ドラコは大げさに、指を横に振った。
「なに言っているんだ、ハリー。僕の世界にも、学校はあるに決まっているじゃないか。ホグワーツ魔法魔術学校が有名だけれど、あとはバートン校やダームストロング校もあるし、11歳になると、魔法使いの子弟はどれかの学校へ通うことが慣例なんだ」
「――えっ?でも、君は通ったことがないって言わなかったっけ?」
ドラコは決まりが悪そうに俯いた。
「僕の両親が行かせなかったんだ。純血だけではなくて、混血やマグルが混じっている学校へ、歴史があるマルフォイ家の跡取りの僕を通わせるなど言語道断だといって、入学を許さなかったんだ。だから僕はずっと、自宅の図書館で、家庭教師から勉強を教わっていたんだ。だから学校へは行ったことがなかったんだ」
ドラコは希望の満ちた瞳でハリーに尋ねる。
「学校って、同じ年ばかり生徒が、同じ教室に集まって勉強をするんだろ?休み時間とかあるって聞いたことがあるけど、そのときはどんなことを喋ったりするんだ?同じ年の友達とか出来るって、どんな感じなんだ?」
ハリーはおざなりな笑みを浮かべると、腕を伝って自分のポケットに入り込もうとするドラコを掴むと、そっとまた机の上に戻した。
「君は通ったことがないから、ものすごくステキな場所だと勘違いしているみたいだけど、現実はそんなに楽しくはないよ、学校なんてさ」
「そんなこと言うなよ。つまらなくてもいいから、僕は行ってみたい」
またハリーによじ登ろうとするのを、手で制止する。
「ダメだと言ったらダメだ。絶対に付いてこないでくれ」
「この小さすぎる僕の姿が誰かに見つかることを心配しているか?大丈夫だから。僕は絶対に見つからないように、大人しくしているから。絶対にバレないように、うまく隠れるから、――だから、学校へ連れていってくれよ」
「ダメだといったら、ダメだ。絶対に連れていかない」
ハリーはきっぱりと宣言して、ちらりと時計を見た。
「ああ、本当に遅刻だっ!急がなくちゃ」
ハリーはドラコに「絶対にこの家から出たらダメだからな。大人しくしておいてくれよな」と言い残すと、慌てて部屋から出ていってしまった。
いつもならば、ドラコがしつこく何度も言ったら、ハリーは肩をすくめて、「仕方ないなぁ、ドラコは……」と愚痴りながらも、自分の言い分を聞いてくれていたのに、今回だけは違っていた。
がんとして、ドラコの願いを聞き入れてくれなかった。
それがどうしても腑に落ちない。
別にドラコはハリーに無理難題を吹っ掛けた訳ではなかった。
なぜそんなにもドラコを学校へ連れて行くことを拒否するのか分からない。
ちゃんとうまく隠れることは、叔父たちの生活や、ハリーとの外出で、格段に上手になっていたし、どんなときでも時折自分のまわりを見回してチェックして、誰が自分を見ていないかなど、確認をする作業を忘れることなく行っていた。
「誰かに見つかる」ことは、絶対にないことだった。
それに、もし――、もしかして万が一見つかったとして、自分には、最後の手段として魔法があった。
いくら魔力がないとしても、少しはドラコは使うことが出来るので、相手に忘却の魔法をかけることだって出来た。
ただし、ほんの一瞬しか出来ないのだけれど、相手が少しぼぅとした瞬間、ドラコは脱兎のごとく逃げればいいだけの話だ。
一瞬にして消え失せてしまった小人に首を傾げても、それ自体が信じられないことなので、相手は「きっと夢を見ていたんだ」と目をこすって、そのままなかったことにしてしまうに決まっていたからだ。
ドラコはひらりと机から床に飛び降りた。
ドアの隙間から身を滑らすように部屋から出ると、さっき飛び出して行ったハリーの後を、ないしょで追いかけることにしたのだった。
■続く■