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久住@ついった厨
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ジターバグ “薔薇の花嫁”

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 死角を作らないために“薔薇の花嫁”は展示室のほぼ中央に置かれていた。赤外線は以前見事に破られたため今回は設置せずに別のセキュリティシステムを使用している。警報はもちろんだが、宝石を持ち上げた途端に博物館全ての出入り口が封鎖され中からは一切開けられなくなるのだ。敵味方共に閉じ込められ、中からの怪盗捕獲報告があるまでは缶詰状態の耐久戦というわけだ。広いとはいえ密室空間で多数対一の状況になれば、怪盗とてそのうち捕まるに違いない。ただの鬼ごっこや隠れん坊ならば数が多いほうが有利に決まっている。
 アーサーはちらりと腕時計に視線を落とした。予告の23時まで後15分弱ある。油断させる為に多少時間をずらして来るかもしれないということで、室内には既に緊張した空気が満ちている。ただ1人を除いては。アーサーの隣でアルフレッドがふぁあと盛大な欠伸をした。
 あと三分。
 もう既にアルフレッドは持ち込んだバーガーを三個も食べ終わっている。アーサーはもう呆れて注意することすら諦めていた。…そろそろ来る頃だろうか。今か今かと銃に手を何度もかけながらあの憎たらしい怪盗の登場を待つ。その時だった。
 バンッと扉が開いて、何者かが転がり込んでくる。その場にいた警察官は皆一斉にその人物に向かって銃を構えた。アルフレッドだけが悠然とバーガーを食べ続けている。

「今日こそ観念しやが……れ?」

 アーサーが意気込んで発した言葉は尻すぼみになり、最後には疑問系になる。
 入ってきた人間は明らかに怪盗ではなかったのだ。小柄で華奢なその人物は。

「菊、君こんなとこで何してるんだい?」

 アルフレッドがバーガーを飲み込みながら尋ねる。
 現れたのはアーサーが何度も怪盗の逮捕の協力を要請しているがいつも断られる名の知れた探偵、本田菊だった。彼は何食わぬ顔で中央に近づいていく。

「微力ながら今回はお手伝いしようかと思いまして」

 宝石に近い位置に立つアーサーににこりと笑いかけた後、菊はまじまじとケースの中の宝石を見つめた。

「これが“薔薇の花嫁”ですか。確かに綺麗ですね」

 菊がその美しさに魅了されたようについと“薔薇の花嫁”に向かって手を伸ばす。アーサーは反射的に“薔薇の花嫁”と菊の手との間に銃を差し込んだ。

「どうしたんですか、カークランドさん?」

 不思議そうに聞いてくる菊をアーサーはまじまじと見つめる。いつもの彼とは何かが違う気がした。引っかかるのだ、具体的に何が、とは言えないが。警戒する様子もないアルフレッドを横目に、アーサーは躊躇いがちに口を開く。

「なぁ、お前…」

 アーサーの言葉を遮るように、突然証明が落ちた。ざわりと周りが警戒するが、間髪入れずに非常用の薄暗い照明が辺りを照らす。

「菊!?」

 突然菊がアーサーの手首を掴み、銃口をやんわりとアルフレッドのほうへ向けたのだ。アーサーは相手が菊とあって乱暴に振り払うことができなかった。

「油断は禁物ですよ」

 突如菊の着物の裾から物凄い勢いで真っ白な煙が噴き出した。

「何だ!?」

 視界が奪われていく中、アーサーはお馴染みの怪盗の声を聞いた。

「“薔薇の花嫁”はいただいていくよ坊ちゃん」

 声の方に銃口を向けたが、もうそこには菊も宝石も存在しなかった。白煙が晴れた後には呆然としている警察官たちと、主を失ってしまった陳列台が存在するのみ。
 アーサーは舌打ちをして周囲を見回した。まだそう遠くには行っていない筈だ。今から適切な方向へ人間を動かせば捕まえられる。だが、どっちへ向かった?
 そこでアーサーはふと気が付いた。セキュリティシステムが作動していない。

「おい、セキュリティはどうなってる…!」
「カークランド警部、セキュリティ室の奴らが…」

 全員眠らされてます、報告を受けてアーサーは歯噛みする。
 一体いつの間にそんなところに入り込んでいたのだ、あの髭は。

「いつまでも食ってんじゃねぇアル! 行くぞ!」

 セキュリティシステムが作動していないとなると出口はいくらでもある。走りながら無線でとにかく出口を固めろと指示を出すが、効果があるとは思えない。アーサーは階段の前で一瞬止まってしまった。上か、下か、迷っている暇はないがどちらかわからない。
 アルフレッドと二手に分かれるという選択肢が浮かんだ時、後ろからだるそうについてきたアルフレッドが口を開いた。

「上だよ、アーサー」
「な…」
「いいから信じてよ。あの派手好きの怪盗のことだからどうせ上だよ」

 面倒そうな声音と違って眼鏡の奥の青い瞳が真摯な光を帯びているのをアーサーは感じ取った。もう足は迷うことなく上に続く階段へ踏み出していた。1段飛ばしに階段を駆け上がり、廊下に躍り出る。左右に目を走らせると右手にバルコニーへと続く扉があるのが見えた。その扉は開け放たれている。
 見付けた!
 にやりとどちらが悪人だか分からない笑みを刻んで、アーサーはバルコニーへと踏み込んだ。そこには相変わらずの悪目立ちする白スーツに身を包んだ怪盗が、“薔薇の花嫁”を片手に悠然と佇んでいる。

「やれやれ、上手く撒いたつもりだったんだけどな」
「はっ。残念ながらチェックメイトだ」

 ガチリとスライドを引いて銃をいつでも撃てるようにして、アーサーは手を差し出す。

「さぁ、まずはそいつを返してもらおうか」
「それで返す怪盗がいるわけないだろう?撃ちたいなら撃ってごらん?ベーベちゃん?」

 舐めるんじゃねぇ!
 アーサーは迷わず怪盗の足を狙って発砲した。だが奴は全く動く素振りを見せず、狙い通り弾は白スーツに穴を空け太腿を貫通する。その衝撃で怪盗がその場に蹲る、はずだった。
 実際は、怪盗は間抜けな音をたてて夜空に向かって勢いよく萎みながら飛んでいってしまったのだ。

「くそっ、バルーンか!!」
「あれ?あんなとこに菊がいる…」

 やっと追いついたらしいアルフレッドが後ろから星が瞬く夜空を指差した。

「ぁ゛?!」

 視線だけで人を殺せそうな勢いでアーサーはアルフレッドが指差した方を睨め付ける。そこには確かに菊がいた。ハングライダーに乗って、着物の裾をはためかせている。
 何をやっているんだあいつは、そう思っている間にもその姿はどんどん遠ざかっていく。肉眼では視認することが難しくなると、アルフレッドはどこから取り出したのか双眼鏡まで使ってその姿を追っている。

「アル!今は菊じゃなくてあの野郎を…」
「…アーサー、見てご覧よ」

 声を荒げるアーサーに、心底嫌そうな顔でアルフレッドは双眼鏡を渡した。
 受け取って彼方へ消えていく菊を見て、アーサーは愕然とする。ハングライダーの乗員はいつの間にか菊から怪盗に変わっていた。その手にはしっかりと“薔薇の花嫁”が握られている。
 見られていることに気付いているのだろうか、怪盗の口がいやに艶っぽく「アデュー」と動く。

「ふっ、ふざけんなぁあああああ!!!」

 アーサーの絶叫は虚しく夜空に吸い込まれていった。