沈黙のフィーヴリス
30分後。
「要するに、リーディングシュタイナーマジツライです持ってない奴氏ねってことでおk?」
長々と話を聞いてもらっておいてなんだが、俺の泣くほどつらい現状への感想がそれって、
「なにそれひどい。」
「だって岡部の話し方って芝居ががってるとこが多いし変なジャーゴン混ざってるし、わかりにくいんだもの。」
「……その感想もひどすぎる。」
「ごめん。でも、横から見てまとめたら、そのくらいのことよ。」
「……まとめブログのまとめよりひどい」
「悪かったわよ!……でもね、それくらいのことなんだから、辛かったら私に話すといいと思う。タイムリープによる精神的なストレスによる焦燥とか、離人感とか、PTSDとか。どの世界の私だって確実に想像がつくし、それを少しくらい楽にする方法だってわきまえてるつもり。」
「……楽になる方法?」
「黙って聞いてあげて、肯定してあげることよ。」
助手は妙に得意気だ。
「専門は脳科学だけど臨床心理学も一通りは理解してる。実際、楽になったでしょ?」
「……聞いてはもらったが……さっきのまとめは絶対肯定じゃない……」
「う、ごめん……わかった。次は、うまくやるから。だからあんたも、辛くなったらいつでも話して。」
どうせ次に話したときは覚えてない癖して、紅莉栖はそんな風に言う。俺は苦笑いするしかない。
自分の記憶だけが世界線から切り離されていることに、絶望やら嫉妬やら怒りやら殺意やらを覚えることはもうなかった。
未来の出来事を覚えていなくても、こいつはどの世界線でも同じように俺の傍にいて、俺のことを助けてくれる「助手」であることには変わりないのだろう。記憶がなくたってラボメンはラボメン。電話レンジの改良だけではない。熱を出して倒れた今回みたいに、俺はこの先もこの頼りになる助手の手を色々と借り続けることになるはずだ。
「薬効いてきたんじゃない? 顔色が少し落ち着いてきてる」
すっと額に乗せられた細い指の感触にどきりとする。ついでにさっき抱きつかれた感触を思い出してしまって、
「と思ったけどまだ熱あるみたいね。熱い」
「……悪かったな」
「じゃ、電話レンジの改造しなくちゃね」
紅莉栖はくるりと向きを変え、俺の傍を離れて研究室に向かう。こいつ、このまま泊って作業する気なのか。
「早くやりなおしたいんでしょ。待ってて。できるだけ急いであげるから」
さっきお前は、「なんでまゆりでなくて自分なのか」って嘆いていたけれど、俺はお前でよかったと思う。こんな話、絶対にまゆりにはできなかったし……正直おこがましいとは思うが、紅莉栖は俺と考え方が似ているんじゃないかとも思う。本人に言ったら鼻で笑われるだろうけれど。
翌日俺は、もう一度世界をやり直す。今度は熱は出なかった。
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そして、馬鹿な俺は繰り返しの先で改めて気づくんだ。
いつだって動揺して、でも我慢してる。らしくないから隠してる。
そう言った彼女のふるえを。俺と同じ、強がりな彼女の本心を。
(終)