沈黙のフィーヴリス
なんだこれ。
どうしてこうなった?
なんでこの助手は抱きついてるんだ。いきなり痴女にでも目覚めたか。
ときどき抱きつかれるまゆりに比べると、細くて強い感触。涙でぐしゃぐしゃになってる俺の顔を胸元にぎゅっとかき抱く。途方もなくいい匂い。控えめな胸の感触がダイレクトすぎて俺としてはどうしていいかわからない。いっそダルくらい自分に正直にありがとうございますと言えば離れてくれるんだろうか。殴られるだろうか。そんな勇気もなくて両手をあわあわと動かすくらいしかできなくて。
「慰め方なんか私知らないんだから!! 早く泣き止んでよバカ岡部! あんたが泣いてると、私も辛いんだから!! こんなのあんたらしくない! いつもの変な奴に戻ってくれないと困るんだから!! 泣き止め!」
「くり、す」
「ああ、なんで風邪ひいたのまゆりの方だったのかな! 私じゃなくてまゆりだったらもっと上手にできるんだろうけど! ごめんねこれくらいしか、やり方知らないし!!」
頭の上から聞こえてくる泣き言。こんな薄い体に重荷なんて背負わせられるわけがない。ラウンダーに抗うのだって無理だろう。これに無茶させるくらいなら、俺でよかったんじゃないのか。
そういえば俺、まだタイムリープのことを話してない。
助手から見れば、俺が急に倒れて起きたと思ったら意味もわからず睨むわ泣くわで、どうしたらいいかわからなくなってこうなってるのか。帰国子女だから、ハグってやつか。泣いている子どもを抱きしめたようなものなのか。
「わかった……もう、大丈夫だから。」
かすれ声で言うと、紅莉栖は体を離して、上から見下ろして、
「本当?」
きれいな顔がものすごく近かった。唐突にこんなことを言いだす。
「私はね、飛び級してたから普通の友達とかあまりいなくて。ここにいるとはじめてのことばかりで、本当はいつもドキドキしてるの。ほんと、わかんないことばっかりよ……でも私がそんな風にしてるの、らしくないじゃない? だからいつもは、我慢してる。」
はじめて聞く話だった。どの世界線でも同じようだった鉄面皮の下はそんなことになっていたのか。
「岡部も同じなんでしょ?」
「同じ……」
「隠してたから、泣きたくなったんでしょ? ずっと我慢してたから。」
一気に止まったはずの涙が溢れだしてくる。
おかしいな。なんでこいつは、俺のことがわかるんだろう。
苦しいのはタイムリープだけじゃない。まゆりの死だけでもない。もう慣れてきてるんだ。
我慢していたのは話したって無駄だと思ったこと……俺一人がタイムリープを繰り返す孤独感。慣れへの恐怖。
「……聞いて、くれるか」
「うん」
紅莉栖はそっと俺の上から降りて、俺の寝ているソファの横に座り込んだ。
一向に収まらない熱に浮かされたままで、涙も止めずに。俺ははじめて、ごく個人的な問題について……リーディングシュタイナーを持たない自分以外の全ての存在への嫉妬を、傷む喉、小さな声で、隠さず紅莉栖に話した。
紅莉栖はときどき相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。