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裏切りの夕焼け

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裏切りの夕焼け



酷い天気だった。
真昼だというのに辺りは薄暗く肌寒い。土砂降りの雨と、冷たい風が容赦なく体温を奪っていく。
「公孫勝殿、こちらに」
劉唐が小屋の軒先から手を振る。
そちらに向かおうと、木の影から出た途端。

閃光。耳を劈く轟音。

暗転する世界の中で、今しがた出た木に雷が落ちたのだ、とぼんやり状況を把握しようとする自分がいた。しかし、意識を留め置くことは出来ず、そのまま公孫勝は気絶した。



「おい、なんだこれ?死体?」
誰かが頭の上で会話している。酷い訛りだ。躰が重いが、まだ生きている。
「おい。下手に触るんじゃねえぞ、何の病気で死んだか知れない死体なんか」
別の声が聞こえた。少し離れた所にいる。最初の男は構わず、公孫勝の前髪を掻きあげた。
「お、こいつ生きてる。しかも相当な美人だな。肌も白いし、どっかの妾かな?おい、これどうよ」
「俺は女に興味がない」
「連れねえなあ。まあ、俺がもらって帰るけどさ」
男に引き起こされて、目を開く。
「あ、起きた?ちょっといまから付き合って貰うからさ、大人しくしててよ」
そう言っているのは、劉唐だった。いや、正確には劉唐によく似ているが、髪も瞳も黒い別人だった。しかし、他人の空似とはよくいったものだ。
まじまじと顔を眺めていると、離れた所から再び声がした。
「置いてくぞ、劉唐」
躰の芯から凍てつく感じがした。この声も、知っている。
「そう言うなって。こいつ、金眼だ。絹の道周辺の奴かも。こんな美人で、金眼だぞ。見ておけって」
向こうの男が振り返り、歩み寄ってくる。乱暴に前髪を掴んで顔を覗き込んできた。その精悍な顔立ちに、息が止まる。
「お前の目は節穴か?劉唐。こいつは男だ」
「嘘お、こんな美人がか。流石男を見る目は一流だな」
「妙な言い方をするな。俺は男にも興味はない。ただ寄って来られるだけだ」
「流石、中華一の男殺しと呼ばれる林冲だな」
劉唐が冷やかす様に言う。
「林冲」
名前を呼ぶと、二人がはっとこちらを見る。
「貴様、何をしている。こんな所で」
「おお、口利いた。けど、これどこの訛りだ?つか、やっぱ林冲の知り合い?」
「馬鹿か。こんな辛気臭い知り合いなんかいない」
「とりあえず、前髪を離せ。劉唐、お前が林冲を呼んだのか?余計な真似を」
「ちょちょ、お姉さん、いや、お兄さんか。あんた、何言ってんの?俺らの知り合い?」
「お前こそ何をふざけている」
そこまで言って、二人の服装が異様なことに気が付いた。具足も帯もない、見たこともない服装だ。辺りを見渡すと、まるで見たことのない建物が立ち並んでいる。それも、見たことのない建築様式、素材でできている。
「ここは、どこだ?」
「おい、どうする?なんか、狂人を拾っちまったらしいぞ」
「だから捨てておけと言ったんだ」
「仕方ねーな。じゃ、そう言うことだから」
捨てるように道端に突き飛ばされた。二人が背を向けて立ち去ろうとする。
劉唐の足を払い、その勢いで起き上がる。地を蹴り、腰の剣を抜き払いながら林冲に飛びかかる。林冲は飛び掛られる寸前に振り返り、受け流すようにして公孫勝を投げ飛ばした。空中で態勢を立て直し、何かよく分からないが、黒光りするものの上に着地した。着地した勢いで、黒い金属製のそれはぐらりと傾く。
「百里っ」
林冲が叫ぶ。振り返るが、百里はいない。
すると、振り返った肩を背後から貫かれた。焼け付く様な痛みと衝撃で意識が飛びそうになる。黒い金属の塊と共に、地面に倒れる。
肩からどくどくと血が溢れてくる。槍ではない。林冲が手にしているのは、見たこともないものだ。
「おい、どうすんだこれ」
「ちっ。顔も見られたし、名前も割れてる。殺すしかねえな」
手にした黒い物体を、公孫勝に向ける。跳ね起き、地を這うほど低い姿勢で間合いを詰める。
途中で一度、林冲が手にする物体が火を吹いたように見えた。爆音と共に、何かが二の腕を掠めた。何が掠めたのか、目では分からなかった。恐らくは、弓矢に代わる何かなのだろう。
林冲の腕を掴み上げ、顎に肘鉄を食らわせる。綺麗に入り、林冲の目がぐるりと回る。林冲の手から黒い鉄の塊を奪って、路地の向こうへ放り投げた。
倒れる林冲の腹に馬乗りになって抑え込む。
「動くな」
跳ね起きた劉唐を睨み据えながら、組み伏せた林冲の喉元に剣を突き付ける。
「おい、気絶してはいないだろう」
剣の腹で頬を叩くと、林冲が目を開いた。
「なんだ、お前?只者じゃ、ないだろう」
「それは、貴様がよく知っていることだろう。いくつか、質問させてもらう」
「は、殺せよ。仲間を売るような真似はしない」
違和感が拭えない。
「まず、百里はどこだ?」
「は?」
「お前、さっき百里を呼んだだろう。百里は、どこだ」
「百里ってのは、俺のバイクの名前だよ。お前が倒した奴だ」
振り返ると、林冲は先ほどの大きな黒い塊を指差していた。
「百里とは、馬の名前の、百里風のことか?」
「ああ。大昔の英雄が乗っていた馬だ。俺と同じ名前の英雄、林冲がな。だから、乗り物にも同じ名前を付けただけだ」
「大昔?」
「知ってるだろ、北宋時代の英雄譚だ。今から九百年ほど昔の物語を」
「九百年?」
つまり、この林冲は自分が知っている林冲ではなく、九百年後の林冲で。
「九百年後の世界?」
目の前が、真っ暗になった。失血し過ぎたらしい。
「林、冲」
そのまま、公孫勝は意識を手放した。




目を開くと、薄汚い部屋にいた。躰は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「目が覚めたか」
見ると、林冲が寝台に腰掛けて手を握っていた。
「林冲か。今しがた、嫌な夢を見た。九百年後の世界に、迷い込む夢だ」
「ほう?」
「見たこともないようなものばかりでな。ああ、お前もいた。劉唐も。九百年後のお前は、今のお前に憧れていたぞ。乗り物に、百里と名前までつけて」
「それで?」
「お前に、いや。少し、油断して気絶したんだと思う。見たこともない武器が、九百年後にはあった。恐らく、魏定国と凌辰が作っている、大筒のようなものじゃないかな」
「お前、頭は大丈夫か?自分の名前は、分かるか?」
「貴様に心配されるほどのことじゃない。私は、公孫勝だ」
「と、いうことだ。劉唐」
林冲は、公孫勝から視線を外して部屋の向こうを見やった。
「はあぁ、信じ難いが、まさかタイムトラベラーとはね」
「道理で、服装も異様だし言葉もおかしい筈だ。話を聞く限り銃もバイクも知らないらしい」
「林冲?」
「気付いてないのか?俺は、あんたの知ってる豹子頭林冲じゃない。ここは、あんたの言う迷い込んだ九百年後の世界だよ。入雲龍公孫勝」
衝撃で、声も出ない。まだ、この夢は覚めないのか。
「なぜ、殺さなかった」
「気まぐれだ。お前は、強い。利用価値があるかもしれない、と思ったのだが。まさか、九百年前から迷い込んで来たあの公孫勝だとはな。今じゃ、知らない奴はいない、あの伝説の中の人間だ。色々、聞かせてもらおうか」
そう言った林冲の目は、何故か淋しそうだった。
一瞬、青蓮寺の罠では、と疑ったがその心配は無さそうだ。
「分かった。私の知る限りで教えよう」