裏切りの夕焼け
それから林冲は色々と聞いてきた。中には、公孫勝は妖術使いで樊瑞と死闘を繰り広げたのではないのかと真顔で尋ねてくることがあり、公孫勝は堪らず大笑いした。梁山泊の制度や、資金の供給源、塩の道や、軍隊。話せばきりのないことばかりだった。
「あんたは、豹子頭林冲と仲が良かったのか?」
「いいや。顔を合わせれば喧嘩をするような、そんな相手だ」
「でも、信頼してたんだな」
「何?」
「そうじゃなけりゃ、気絶から目が覚めて俺の顔を見たときに俺の手を握り返したりしないだろう」
無意識だったが、確かにそんなことをしたような気がする。右手を見ると、林冲のまめでざらざらな手を握ったままだった。
「そう、かもな」
「なあ、俺はそんなに、豹子頭に似ているのか?」
「ああ、似ている。その顔立ちも、手のまめや、背格好まで」
「まめ?」
「あいつは槍をいつも振り回して、そうじゃないときは手綱を握っていたからな。手のひらはまめでがさがさだった」
「へえ。俺のは、バイクの乗り過ぎなんだがな」
「あと、聞きたいことは?」
「他の英雄たちの話も聞きたいけどな。まあ、今日はこの辺でいいだろう。お前は、何か聞きたいことは?」
「お前は、私たちの物語を知っているのか」
「ああ、有名だぜ」
「ほう」
「水滸伝、という」
「水の、滸(ほとり)の物語か」
「今じゃ、水脈の変動の影響で梁山湖は枯れてしまったんだ。昔は、本当にあったのか?」
「ああ。深い碧を湛える湖の向こうに、霧を纏う梁山泊があって、その頂上には替天行道の大旗が翻る」
「見てみたかったな」
「九百年前のお前は、百里と共にそこを守っていたよ」
林冲が、照れ臭そうに笑う。
こいつ、こんな顔で笑うのか。
なんとなく、新しい発見をした気分だった。
「物語の、結末は?」
林冲の笑い顔が、ふと消え失せる。
「お前から話を聞く限り、物語と現実は大きく違ったらしい。物語の結末が、現実の結末と違うかもしれない。それでも、お前は知りたいか?」
林冲の、横顔。
床を見つめているその横顔は、いつも自分が知っている林冲とよく似ていた。
「こっちのお前は、優しいな」
笑うと、林冲は口を歪めた。
「少し、眠る」
「ああ、お休み」
公孫勝は、林冲の手を握りしめたまま眠りに就いた。
目が覚めて窓の外を見ると真っ暗だった。まだ、雨の音がしている。林冲は、公孫勝の手を握ったまま、寝台に突っ伏して眠っていた。
可愛い寝顔だ。
思わず笑みが零れる。暫く寝顔を堪能してから起こそうとすると、声が出ない。雨に打たれ過ぎたのか。仕方なく林冲の肩を揺すって起こす。
「う、む。おはよう、公孫勝」
寝呆けた目で、林冲が顔をあげる。目をしょぼつかせる林冲の顔は、まるで寝起きの子供のようだ。ちょっと不細工な顔が、愛おしい。
「ぉぁょぅ」
おはよう、と言ったつもりが、やはり声が出ない。
「おい、声、大丈夫か?無理して喋らなくていいから。大人しく寝てろ」
林冲に寝かし付けられて、寝台に身を埋める。
「じゃあ、粥を作ってくるから大人しく待ってろ」
林冲が部屋から出て行く。
そう広くない部屋だ。寝台が部屋の奥の壁沿いに一つ。逃げ出さない様にだろうか、左手には鉄製の手枷がかけられている。右手は自由だ。先ほどまで林冲に握られていたのも、右手。寝台から五歩ほどの広さで、自分の枕側の壁に扉が付いている。
見ていると、取っ手が下りて扉が開いた。
見ていると、劉唐が顔を覗かせた。公孫勝が起きているのを見て、歩み寄って来た。
「あんた、本当にあの公孫勝なんだって?」
答えようとしたが、声が出ない。頷いて、肯定の意を示す。
「ふうん。英雄って聞くからもっとごついか、妖術使いとも言われてたからしょぼくれた爺だと思ってたよ」
劉唐が、寝台の縁に腰を下ろす。
「こんな華奢な躰で、本当に戦いに出てたの?」
頷く。
「ふうん。こんな美人が戦場に出て来たら、連れ帰って閉じ込めちゃいそうだけどね」
劉唐が、顔を両手で包み込んでくる。優しげな顔に、真正面から見つめられる。
はっとして、胸を押し返す。
「抵抗してるつもり?」
劉唐がそう言うのも無理はない。左手は手枷でまず劉唐の胸に届いていないし、右手は風邪のせいで力がうまく入らない。
「まあ、抵抗してくれた方が楽しいんだけど」
楽しませているつもりはない。
「かぜ、うつる」
がらがらの声で、必死に声を振り絞る。
「ん?大丈夫大丈夫。ついでに言うと男でも全然いいよ。まあ、林冲に手を出そうとは思えないけど」
俺女役とか無理だし、と劉唐が笑う。
そう言う間に、公孫勝の右手は寝台に縫い付けられた。
「ゃ」
拒否の言葉を吐く前に、劉唐の唇が公孫勝の唇を塞いだ。
舌がゆっくり、ねっとりと口腔を撫ぜる。林冲とは、違う口付けだ。躰の奥から、痺れが湧き起こってくる。
「ぅ、んむ」
切なくなるほど、躰が疼く。息が苦しくなるのも、快感のような錯覚を覚える。
口付けが、半端でなく上手い。
舌が絡む度に、脳が蕩け出しそうになる。
不意に、肺の中に煙が渦巻く様な感じがした。咳が出そうだ。
渾身の力で、劉唐を振りほどこうとする。劉唐は、左手は公孫勝の右手を押さえ込んだまま、右手で公孫勝の鼻を摘み、舌を更に喉の奥まで差し込んで来た。驚くほど舌が長く、口と喉の境辺りを舌で抑えてしまった。喉の奥に触れられて、思わずえづく。それでも劉唐は唇を離さない。こみ上げてきた咳が、行き場を失って逆流して行く。躰が跳ね上がるのを、劉唐がのしかかって押さえ込んでくる。
全身が疲弊し、跳ねることも出来ず酸欠で思考がぼやけた頃に、ようやく劉唐は躰を起こした。
「はい、よく我慢できました」
やはり、優しそうに微笑んで公孫勝の額を撫でる。
そのまま、劉唐の手のひらが頬や首筋、鎖骨をなぞり胸板に触れる。
公孫勝の下腹部に手を伸ばす。
「ぃ、っ」
陰茎を強く握られ、目の前に火花が散る。
「君みたいにね、強情で意地っ張りな子とか天邪鬼な子は少しきつめにするんだ」
絞り出すように、擦り上げられる。歯を食い縛り、敷布を握り締める。反らせた胸の、先の突起を噛まれた。
「っ、ぅ、ぁ」
思わず身を引く。
「ほら、だんだんよくなってきたでしょ?」
劉唐の擦る手元から、水音がしてきている。
「ぁ、ぁぁ、ぁ」
歯の根が合わない。殆ど吐息にしか聞こえない様な喘ぎを上げながら身を捩る。
「ん?」
劉唐が公孫勝をじっと見つめる。指が一本伸びてきて、公孫勝の菊門をなぞり上げた。全身が跳ね上がる。
「あぁ。君、男に抱かれるの初めてじゃないのか。まあ、こんな美人だったら放っておかれないだろうし」
納得したように劉唐が言う。
「それも、一回や二回じゃないだろ?どれくらいかな。二十回とか、それ以上?」
劉唐が、瞳を覗き込みながら尋ねる。涙で視界はぐしゃぐしゃに滲んでいたが、劉唐が今は笑っていないことがわかった。
心底、公孫勝は恐怖した。
「教えて?」
混濁していく意識の中、公孫勝の意識の中には、ただ林冲の顔だけが浮かんでいた。
「劉唐」
地獄から這い上がるような、怒気を孕んだ声がした。林冲の声だ。
「そいつは今、病気だと言ったはずだぞ。おまえ、何してるんだ?」
「まあ、役得?みたいな」
作品名:裏切りの夕焼け 作家名:龍吉@プロフご一読下さい