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【中身見本】Halloween

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【Halloween】 11章抜粋


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(昼休みは一時間しかないんだ。だから急がないと……)
足早に渡り廊下を歩いていた。

(ここから温室までは結構遠いし、植物は時間どおりに栄養を与えないといけないし、とても面倒くさいことに足を突っ込んでしまった。―――ああ、まったく!)
それでもそれをやめようとは思わなかった。

(僕はこうと決めたら、完璧に最後までやり通す主義なんだ。だから簡単に諦めたりやめたりするものか。それにあの草も今では結構元気に育ってきたんだ)
葉先が伸び、しゃんとしてきた姿を思い出して少し笑った。

午後の授業のこともあり、内ポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認しつつ歩いていく。針は十二時三十分を示していた。
(あまり時間がないな……)
うつむきそう思って角を曲がった途端、前を見ていなかった僕は誰かと激しくぶつかった。
自分の額が相手の肩に当たり、頭に響くような鈍い痛みが走る。
ぶつかった弾みで手に持っていた時計を取り落としてしまった。

「あっ!」と声を上げ急いでつかもうとしたけれど、落下していくスピードは早くて、かがんで拾う暇などない。
繊細な造りの時計は両親から入学時にもらった大切なもので、とても衝撃に弱かった。
(もうダメだ)と諦めが胸をよぎった瞬間、ぶつかった人物が勢いよくダイビングして床に滑り込み、腕を伸ばして時計を素早く掴んでくれた。
見事にそれを手に収めると石の固い床に寝転んだまま僕を見上げる。

「こういうのは得意なんだ。金色のスニッチを捕まえるのと同じだよ」
気軽にそう言って笑いかけた。
床に滑り込んだせいでいつも以上に跳ねた髪が乱れ、黒いローブはほこりを被って真っ白だ。緑の瞳は明るい光を受けて澄んだ輝きを放ったまま、じっと僕を見つめる。
「……ポッター―――」
一瞬の出来事に呆気にとられて驚いた表情のまま相手を見た。

「はい、これ」
右手を持ち上げて、手の中にある時計を僕に差し出そうとする。
「―――ああ、すまない」
らしからぬ礼のような言葉を言いつつ、相手から時計を受けとろうとしたら、それはすぐに目の前から消えた。
「やっぱり、やーめた」
そう言ってハリーは時計を自分の手の中に再び握り込むと、悪戯っぽくニヤニヤと笑う。
「僕のだぞ。返せよ」
意地の悪い態度にむっとしながら相手に近づくと、
「いやだね」
バカにしたような憎らしい口調で答えるから余計にカチンときた。

「返せ!」
さらに相手に近づき取り返そうと手を伸ばす。
ハリーは時計を右へ左へと動かして、伸ばした僕の手から逃げた。
必死で捕まえようとするけれど相手の動きは素早くて、手からすり抜けてばかりだ。
(からかわれている!)
そう思ったら、カーッと一気に頭に血が上った。

「返せ!このバカ!」
鋭く叫ぶと相手の腕めがけて跳びかかる。
僕は取り返そうと必死だったから、床に伸ばしていたハリーの脚に気づかなかった。
自分のつま先が相手の膝裏に引っかかり前かがみの姿勢で、ひとたまりもなくがっくりと前へとつんのめる。
勢いがつきすぎていたから踏みとどまることはおろか、咄嗟に両手をつく暇もなかった。

硬い石の床が目前に迫って、冷や汗がにじむ。
(ヤバイ!近すぎて受身なんか取れない)
ぎゅっと瞳をとじて歯を食いしばり、容赦ない強い衝撃に耐えようとした。

だけど覚悟して倒れこんでみたものの自分が思っていたより、ほとんど痛みがない。
「―――えっ?」
訳が分からず恐る恐るまぶたを開くと、ものすごく至近距離にハリーの顔があった。
「こっちも見事にキャッチだ!」
戸惑っている僕の顔を覗き込んで上機嫌で笑う。

どうやら彼が動いて機転をきかせて、受けとめてくれたらしい。
「本当、僕って運動神経が抜群だなー」
自分の素早い動きに満足そうに頷く様子が気に食わなくて、僕はボソっと呟いた。
「勉強は全く出来ないけどな……」
その言葉にハリーは少し顔をしかめる。
「ひどいなー。せっかく助けてあげたっていうのに、相変わらずの毒舌だな。ドラコは!」

「馴れ馴れしく、ファーストネームで呼ぶな!」
ムカムカしながら相手の遠慮のなさに釘をさすと、ハリーは大げさに首を横に振った。
「ふー、やれやれ。恩人にこの態度とはねー……。誰のお陰で助かったのかなー?」
チラッと見上げて恩着せがましそうに嫌味を言う。

「あーあ、誰かを受け止めたから肩が痛いや。胸も痛いし腰も痛い。しかもその誰かさんは僕をベッドかソファーと勘違いしているのか、未だに上に乗っかったままだから、ああ重たいなー」
フンと鼻を鳴らして相手から退こうとすると、ハリーは逆に背中に両手を回して、下りようとする僕を離そうとしなかった。
「―――離せよ。重たいんだろ?さっさと退いてやるから」
不機嫌そうににらみつけると、ハリーはニヤニヤと笑う。
「いや別にこのままで僕はいいよ。まだちょっとドラコと話したいことがあるし」
物を含んだ言い方で返してくる。

「僕は話しなどない!」
きっぱりと宣言して腕を突っ張って、相手を押し戻そうとしたけれど動かない。
「ああ、まったく!ふざけたまねをするな」
回された腕から離れることが出来なくて舌打ちした。

身長や体格だと自分と大差ないのに、平気な顔をして押さえ込み暴れている僕を面白そうに眺める。
「伊達に何年も現役のシーカーをしてないよ。僕は自分の手に掴んだものは絶対に離さない性分なんだ」
まるで鼻歌でも歌っているような気楽な表情で答えるから、その言葉のひとつひとつがいちいち勘に触ってしょうがなかった。

「どけよ!離せっ!」
「はいはい、耳元で叫ばないでね。うるさいから」
僕の言葉をあっさり無視して手の中の懐中時計を弄りだす。
肩越しにそれを持ち上げて口笛を軽く吹いた。
「へぇー、さすがだね。金無垢なの?金メッキや十八金とかじゃなくて?」
ゴールドのつややかな手触りに感心しながら尋ねてくる。

「当たり前だ。僕がニセモノやまがい物を持つわけがない。純金に決まっているだろ」
「やっぱり純金なのか。すごいなー。まったく学生の持ち物じゃないよ、この時計は」
呆れたように首をふりつつパチンと下のボタンを押してふたを開けて、また驚いた声を上げた。
「なにこれ?!中の文字盤の下から白い光が出て、針全体が光っているよ!どういう仕掛けなの?」
「螺鈿を施して細工したものだ。内蓋に浮き上がって見えるドラゴンのエンブレムは僕の家の家紋だ」
「すごいなー。リッチー!」
少し興奮したようにハリーは目を見開いた。

「僕はこういうものは持っていないからよく分からないけど、この時計自体、結構高いんだよね?」
「ああ、僕も両親からもらったから値段は知らないけれど、かなり高価だと思う。既製品ではなくオーダーメードだしな」
作品名:【中身見本】Halloween 作家名:sabure