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【腐】快新短編 詰合せ4本

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 その時に知ったのだ。
 自分が普通の人とは少し違うと言う事に。


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 窓辺に座ってぼんやりしていたら、後頭部にコツンと何かがぶつかった。
「なに遠い目してんだ?」
 振り返ると、呆れ顔の新一がマグカップを二つ持って立っていた。ほらよ、と片方のカップを差し出してくれる。
「さんきゅ」
 礼を言って受け取り、熱いコーヒーを口に含んだ。その間、新一は座るわけでもなく、少し不貞腐れたような変な顔をして快斗の前に突っ立っていた。
「なに新一、どうかした?」
「……おめー、頭でも痛いのか?」
「ん?」
 身体異常を訴えている箇所は何処にも無い。何故そんなことを訊くのかと不思議に思ったが、そういえば自分でも気付かない内にこめかみの辺りを押さえていたかも知れない。
「あれ、心配してくれてんの?」
「バーロ、誰がおめーの心配なんかするかよ」
 本気で嫌な顔をされたので、快斗はあははは、と笑った。
「ちょっとね、昔の事思い出してたんだ」
「昔?」
「そ。むかーしガキの頃に、大人の階段のぼっちゃった時の事」
「……なんだそれ」
 冷ややかな目をされたが、構わずに快斗は幼い頃の事を再び回想した。


「かいとー! まってよ、おいていかないでー!」
 足元から昇って来た青子の声は、不安と心細さで震えていた。
 小学校に上がったばかりの頃。毎日通う通学路に飽き始めていた快斗は、興味本位で橋の欄干に攀じ登って、跳ねたり回ったり逆立ちしたりしながら遊んでいた。
 欄干の幅は20センチ程しかなく、少しでも集中を欠くと足を踏み外してしまう。高さも当時の快斗や青子の身長と同等くらいあり、落下すれば大怪我を負うのは間違いなかった。その緊迫した状況を、幼い快斗は心から楽しんでいた。
「かいとー、おりてきてってば!」
「うっせーな。おめーも来ればいいだろ」
「ひとりじゃのぼれないよー」
「しゃーねーなぁ」
 ほらよ、と手を貸して青子を引っ張り、欄干に乗せるのを手伝ってやる。
「じゃ、あとは一人で歩けよ」
「やだぁ、こわいよぉ」
「しらねーよ、来たいつったの青子だろ」
 いい加減鬱陶しくなってきて、快斗は足を竦ませている青子を置いてさっさと歩き出してしまった。
「きゃあああ」
 鋭い悲鳴に振り向いた時には、既に視界に青子の姿は無く。
 幼馴染の少女は、橋の下でぐったりと倒れていた。側頭部から、ゆっくりと赤い液体が広がっていく。
 その光景は、今でも快斗の記憶に鮮明に刻み込まれている。
 その時に気付いたのだ。
 自分に出来ることでも、他の人が出来るとは限らないのだと。


 ――――快斗。お前は、お前の友達や青子ちゃんが出来ないことも簡単に出来てしまうかも知れない。
 病院に運び込まれた青子が処置を受けている間、後悔と自責でずっと泣きじゃくっていた快斗の頭を優しく撫でながら、盗一は諭すように囁いた。
 ――――そういう能力は、本当は望んでも手に入るものじゃないんだ。快斗にとって、それが重荷になることもあるかも知れない。
 父の声は優しかった。大きな翼で包み込むように、快斗の全てを受け止め、受け入れてくれる。
 ――――いいかい。その能力は、大切な人を守る時だけに使いなさい。
 ――――たい……せつ、な、ひと?
 ――――ああ。今はピンと来ないかもしれないけれど、大人になって、大好きな人に出会ったら、父さんの言ってる事がわかると思うよ。
 青子の傷は、今でも快斗を戒めるかのように、うっすらとこめかみ辺りに残っている。


 物心ついた時から、勉強にしろ運動にしろ、適当にこなしても必ず平均以上の結果を出していた。周囲からは必要以上に注目されて、その度に誰かの自尊心を傷つけ、そして誰かの妬みを買っていたのだろうと、今更になって気付く。
 何でみんなこんなことも出来ないんだろう。
 幼い快斗にはずっと理解出来なかったが、青子の怪我をきっかけに、漸く自分が普通の人とは少しだけ違っていると悟る事が出来たのだった。
 何をするにしても真面目に取り組まない癖が付いたのもこの時からだ。
 学校の勉強や体育の授業は、度が行き過ぎない様に調節し、周りのクラスメイト達から極力浮かないよう努めた。道化を演じる事で本来の姿を隠し、様々な可能性を封印してきた。
 相手が本気になればなるほど、飄々踉々と茶化して話題を摺り変えるのは、また自分の所為で他人を傷付けるのが嫌だから。自分の所為で他人が傷付くのが怖いから。
 逆を言えば、自分と対等に渡り合える相手……ライバルと成り得る存在を、ずっと待ち続けてきたのかも知れない。
 手加減なしの真剣勝負で互角に戦え、共に切磋琢磨できるような、理想のパートナーを。
 邂逅は、高校2年生の春。
「で。昔の話って?」
「ないしょ」
「……あっそ」
 興味無さそうに手元の本へと視線を移した新一を、快斗は満足そうに見つめた。
 まだ新一には教えてやらない。手の内のネタをバラすのは、死ぬか生きるかの修羅場を潜り抜けてから、現役を引退して二人で碁を打っている頃が良い。
 それまでは自分だけの秘密だ。
「しーんいち」
 愛しい人の名を呼び、読書中の彼の背中に抱き付いてみる。間髪入れずにハードカバーの角が顔面目掛けて飛んできたので、寸での所で横に避けた。
「それさぁ、本気で当てるつもりで投げてるでしょ」
「たりめーだ。避けられねぇようなら怪盗業廃業しろ」
「手厳しいなー」
 世界で一番大切で、世界で一番の好敵手。
 ずっと望んできた二つの夢が、まさかこんなにも早く、然も一遍に見つかってしまうとは快斗自身思ってもみなかった。自分は何て幸せな人間なのだろうと思う。
(やっと解かったよ、親父)
 自分のこの能力は、新一のために有るのだと。
 放った拍子に閉じてしまった本を拾いあげる際、先程新一が読んでいたページにさり気無く栞を挟んで、ほれ、と手渡した。動体視力の優れた我が目の有り難味を痛感する。
 こんな風に、彼の気付かない所で、気付かれないうちにそっと助けてあげられるように。
 それが出来るだけの能力を持って生まれてきた事に、快斗は初めて心から感謝した。