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【腐】快新短編 詰合せ4本

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 火は、苦手だった。
 人類は火と共に進化してきた種族だし、便利に使えば、日常生活に欠かせない要素だ。ライター、ガスコンロ、バイクのエンジン……、快斗も数え切れない位の火力を日々の暮らしで多用している。
 だけど、同時に人を殺める凶器にも成り得るのだと、知っていた。
 9年前、父を奪ったあの炎のように。


Island1


 目の前で起こった爆発に、情けないけれど足が竦んだ。
 耳を劈く轟音、頬を掠める衝撃波、目前まで迸った火の粉、肌に伝わる熱エネルギー、カラカラに乾いた口腔。五感の全てが当時の感覚を覚えていて、再び同じ現象に襲われた快斗は慄然と立ち尽くすしか術が無かった。
(……違う)
 途切れそうになる意識を繋ぎ止めるため、拳をきつく握り締める。
(これは、オヤジを殺した炎じゃない)
 あの時の炎はもっと凶悪だった筈だ。近寄る全てを焼き尽くす、まるで地獄の業火のようだった。
 あれからもうすぐ9年が経つのだ。今は自分が怪盗キッドで、たった今仕事を終えたばかりだ。犯行現場の目の前で燻っている暇は無い。
 神経を落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。脳に酸素を送り込んで思考回路を復活させ、いつものように手際良く闇に紛れなければ。
 今夜の仕事先だった宝石店は、偽者の石を法外な値段で売り付ける悪徳業者だった。それ故か、予告状を送りつけても警察に知らせた痕跡は無く、自前の警備員を増員しただけのお粗末な体制だった。
 盗むと予告していたダイヤも当然偽りの品だったので、警報機を鳴らせて自ら警察に通報し、それで終わりだと思っていた。
(読み間違えたか……)
 予告状を送りつけた店の社長は、事前に行った素行調査では小心者の小悪党と言った風情の男だったので、犯行を立証すればすぐに諦めてお縄になると踏んでいたが、思った以上に図太い神経を持っていたらしい。店の殆どが模造品だと言う事実を隠蔽する為に、爆発物を仕掛けているとは夢にも思わなかった。己の詰めの甘さに歯軋りする。
 遠くの方からサイレンが聞こえ始めていた。先ほど、快斗が自ら通報した警察だろう。あと5分もすれば到着する筈だ。
(呆けてる場合かよ!)
 未だに強張っている四肢を叱咤し、精神力で筋肉を動かした。
 混乱の現場に混じって抜け出そうとした、その時。近くで女性の空を裂くような悲鳴が上がった。
「社長!」
 ビクン、と肩が揺れる。その単語だけで、最悪の事態になっていると想像が付く。
「助けてください!まだ社長が中にいるんです!」
 予想通りの叫び声が耳に飛び込んできて、走り出そうとしていた気持ちが引き止められた。
 頭では早く離れなければいけないと解かっている。服装こそ警備員のままだが、変装マスクを着用していないので顔は素の黒羽快斗のままだった。もうすぐ乗り込んでくるだろう警官たちに見られたらまずい。
 だけど。
(……くっそー!)
 思考とは裏腹に、身体が勝手に戻っていた。
 とばっちりとは言え、快斗の予告が、店長を爆破にまで追い込んだ事は確かだ。もしそれで人が傷付くような事があれば、怪盗キッドの信念に反する。
 何より、僅かでも可能性があるなら、命を諦めたくない。
 9年前とは異なり、今の自分には人を救えるだけの能力がある。今度こそ助けられるのだと信じたかった。
(どうする……?)
 正面玄関は吹っ飛び、入り口付近は既に火の手が上がっている。梅雨前線が雨をぱらつかせてくれているけれど、鎮火には程遠い降水量だった。
 勢いを増す炎に恐れを為して立ち竦むだけの警備員たちを押し退けて、快斗は指示を飛ばす。
「オレが社長を連れ戻す。早く119番通報しろ! あと、裏の非常口に救急車を用意しといてくれ!」
「おい、無理だ戻れ!」
 同じ制服を着た警備員たちの制止を振り切り、建物の外壁に沿って走った。正面からは入れそうに無いので、比較的火の回っていない側面のショーウィンドウ選んで渾身の力で殴り付ける。細かい破片で拳に裂傷を負ったが、構わずにもう一発打ち込むと、硝子は粉々に砕け散った。上着で頭部を庇いつつ、ウィンドウを潜り抜けて侵入を果たす。
 店内は黒煙が立ち込め、警報機の機械的な爆音が耳障りに鳴り響いていた。
(モタモタしてらんねーか)
 店の奥にある社長室を目指す。社長は其処に居ると言う確信があった。
 証拠隠滅を図るなら、まず先に重要な書類等が眠る社長室を破壊する筈だ。正面玄関のみ吹き飛ばして侵入者を拒む程度で、自らを木っ端微塵にする勇気の無い人間だったら、まだ説得の余地はある。
 数日前、盗みの下見で潜入した社長室で見つけた、一枚の写真が意識の片隅にこびり付いていた。
(此処か……)
 辿り着いた社長室の扉は、施錠されておらず、薄く開いていた。
 バン、と派手に音をたてて蹴り開け、室内を見渡す。
 部屋の隅で背を向けて丸くなっていた男が振り返り、驚愕の表情を浮かべた。
「な、なんだ君は!」
「うるせー。こっから出るぞ」
 ずかずかと室内を進んで男の腕を掴み、引き摺り起こそうとしたが、強い力で振り解かれた。
「貴様、キッドだな。何しに戻った!」
「……」
 凄まじい敵意の篭った形相で睨まれて不審に思ったが、部屋に入ってきた人物イコール怪盗キッドだと決め付けた点と、虚勢を張ってはいるものの小刻みに震えている肩が、言わずもがなで答えを暗示していた。
 男はただ単に座り込んでいるのではなく、扉の開いた金庫を守るように、その背中で覆い隠しているのだ。
(後始末ってやつか)
 爆発に乗じて、不正に売買した宝石の証拠書類を焼き捨て、自らも命を絶つ覚悟で完全犯罪を目論んでいるのだろう。
「こんな薄汚い紙切れに興味はねぇよ」
 蛇に睨まれた蛙のように怯えた男の瞳を、捻じ伏せる勢いで睨め付けた。
(冗談じゃねぇ)
 爆発の罪まで擦り付けられたら最悪だ。もう少しで身に覚えの無い殺人犯にされる所だったかも知れない。
「頼む、罪が世に出るくらいなら死なせてくれ!」
 涙声で訴える男を見下し、快斗はギリリと唇を噛んだ。
「甘ったれんな!」
 腹の底から激昂した。
 自分勝手な都合で親を失う子供の気持ちを考えてみろ、と叫んでやりたいのを必死に堪える。
 こんな性根の腐った奴のために何をやっているのかと自分が惨めになった。しかし、こんな男でも、父親なのだ。
「誰がてめーなんか助けるかよ。オレが助けたいのは、その女の子だ!」
 社長室のデスクに飾られていた、幼い少女の写真。満面の笑顔で父親に抱きかかえられている少女を指差して、叫んだ。恐らく、男ではなく自分に言い聞かせるために。
「その子を父親のいない子にしたくないだけだ。いいか、担いででも此処から出すからな!」
「…………うぅ」
 男は観念したように項垂れた。頑なに居座っていた重い腰が微かに浮き上がる。その隙を逃さず、強引に引っ張って立たせると、そのまま走り出した。火の手は、すぐそこまで迫っている。
「非常口まで、早く!」
 大手を振って先導し、警報ベルの鳴り響く廊下を疾走した。
 建物の経路は頭に叩き込んである。程なくして緑色の「EXIT」と記された看板が見え、外界へと繋がる扉に至った。