二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【腐】快新短編 詰合せ4本

INDEX|9ページ/9ページ|

前のページ
 

 新一の指先が目尻に触れ、過剰になった神経がピクリと揺れる。気付かぬ内に泣いているのかと危疑したが、目はカラカラに乾いていて涙が流れた形跡は無い。眼球の奥は込み上がるように熱いのに、涙腺は枯れ果てて引き攣れたみたいに痛かった。
 濡れてなんかいないのに、新一の指は慎重に目元を拭い、慈しむように頬を撫でてくれる。まるで、泣けない快斗を憐れんでいるかのように。心中では涙を流しているのだと解かりきっているかのように。
 温かい指の腹が心地よくて、快斗は赤ん坊や動物が撫でられた時にするように、本能的に目を瞑った。
 瞼の内側では、誰かの怒り猛った罵声が響き渡っている。
 自惚れるな、今回は偶々望んだ答えが与えられただけで、悲惨な結末が訪れる可能性も充分有り得る。増長するな、己の身分を弁えろ。自分が崇高な人間だと勘違いするな。
(解かってる)
 キッドとして活動していると、悪意の塊のような人間に遭遇する機会の方が断然多い。又、純粋な心の持ち主が故に、大切な他人や譲れない信念のために罪を繰り返す者にも、何度も出会ってきた。
 その度に打ちひしがれて、落ち込んで、後悔して。それでも人を助けたいと思った。
 例え罵倒されても、恨まれて呪詛の言葉を吐き掛けられても良い。自己満足だと解かっている。でも、どんなに罪のある人間でも、死んで欲しくない。
(違う……?)
 ふと違和感を覚えて、快斗は思考を止めた。
 今回のように、自分の言動で誰かが救われれば嬉しい。そんな当たり前の感覚に目隠しされて、真実を見過ごしてはいないだろうか。
(……オレ、が?)
 すべては、快斗自身に繋がっている。
 自分が救って欲しいから、救われたいと切望しているから、誰かを救う事で擬似的に自分を満足させているのではないだろうか。無意識の願望が衝動となって、自覚の無いまま自らを突き動かしているのではないか。
 生きている事に対しての、贖罪として。
――――父さん……父さん!
 目の前で消えていく大好きな命に対して、何も出来なかったという後悔と罪悪感が、見えない楔となって心身を雁字搦めにしていると、心の何処かでは知っていた気がする。炎と共に焼き殺された自尊心は、快斗の一番深い場所に根を張り、成長に伴う人格形成と共に少しずつ歪みながら肥大していたからだ。
 梅雨の時期になると決まって心が空虚になるのも、その所為だろうと思い当たった。
 そして、今日になって突然、不安定均衡を起こしたのも、一つ一つの小さな綻びが頻発した事にあった。
 爆破の現場、目前の炎海、取り残された父親。そして、新一の存在。
 高2の春に邂逅した、この好奇心旺盛な名探偵と行動を共にするうちに、真実の為ならば危険も厭わずに突っ込んでいく姿勢に目が離せなくなった。知識、体力、行動力、全て於いて自分と同等の能力を発揮する人間に出会ったのも初めてで、好敵手と呼ぶに不足は無く、何時の間にか強く惹かれていた。
 今まで絶対的な地位に居た、父と肩を並べる程に。
 新一の存在が、盗一のそれと同格にまで達したため、過去のトラウマが心の脆い部分を攻撃していた。
「またそうやって、一人で考え込むな」
 思案の波に飲まれようとしていた矢先に襟元を掴まれ、睨み付けられた。しかし瞳に宿しているのは怒りだけではなく、不安の色の方が強く見え隠れていた。普段の自信に満ちた新一からは窺えない眼差しに、胸が突かれる。
「……オレの声が聞こえないほど、くどくど悩んでるんじゃねぇよ」
「新一」
 待ち合わせ場所に向かって走っている際、何度か呼び声が聞こえた気がしたけれど、どうやら現実のものだったらしい。あの時は思考の渦の飲まれて恐慌状態にあり、五感が麻痺していた。混乱状態に陥っていたとは言え、不安にさせてしまった事を済まなく思う。
「ごめん」
 謝意の言葉を発し、項に手のひらを差し込んで、そっと引き寄せた。さらりと指先を通り過ぎる髪の毛の感触が楽しい。
 もう少しで唇が触れるという距離で、僅かな抵抗があった。その無言の非難を捻じ伏せて、快斗は新一に口付けた。
「……ありがとう。新一」
 腕の中にいる恋人の存在が、弱気の闇に打ち負かされようとしている自分の心をギリギリの所で引き止めている。新一がいてくれるから、自分は狂わずに居られる。
 己の力を慢心する事無く、また卑下する事も無く、前向きに戦っていられる。
 自分はまだまだ、とても弱い人間だから、迷ったり怖くなったり怖気づいたり、夜の途中で躓く事もあると思う。何処に行けば良いか分からなくなって叫び出しそうになる事もあると思う。
 だけど、この体温を抱いていられる限り、呼吸の仕方だけは忘れない。もう一度、人を心から愛する術を教えて貰った新一が居る限り。
 オレは、強くなることが出来るんだと。
 彼の温かさに心も身体も包まれながら、泣き出しそうな程に優しい誕生日の夜は更けていった。
 カーテンの隙間から差す欠けた月の明るさが、オレたちをそっと見守ってくれていると思った。