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【腐】快新短編 詰合せ4本

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 朗らかに笑みながら、快斗の母は右手の人差し指と親指で丸く輪を作り、それを右目の前に持ってきて見せた。その仕草から暗示されるのは、紛れも無く怪盗キッドの代表的なトレードマークの一つ。
(モノクルか!)
 呆気に取られている新一を余所に、快斗の母はにっこりと笑った。
「主人の帰りを待っていた時のように、今は快斗が帰って来る場所を守るのが、私の仕事」
 微かに目を伏せて、紅色のお茶に視線を向ける。湖のように揺らめく液面に見えているのは、家族3人で暮らしていた頃の幸せな昔の思い出だろうか。
 睫毛の影が生み出す頬のコントラストに、母親の強さと優しさを垣間見た気がした。
「だから、お礼を言わせて」
 快斗を、家に連れて帰って来てくれた事。
「……はい」
 神妙な面持ちで頷いて、新一は自らの肯定の返事を胸に刻み込んだ。


 程なくして新一も風呂を借り、十分に身体を温めてから快斗の部屋に向かった。
 替えの服など当然用意していなかったが、下着や寝衣は一式新品を用意して貰えたので、快斗の服を借りるのかと内心ビクビクしていた新一はほっと胸を撫で下ろした。それでも黒い長袖のシャツとスウェットのズボンは、新一の為に買い与えられたのかと思うほど袖も裾もピッタリで、なんだか無償に悔しい。今はそれを都合の良い出来事だと前向きに考えて、余計な思考をしまいと心に誓った。
「入るぞ」
 最低限のマナーとしてドアをノックし、内側から返事が聞こえたのを確認してから扉を開ける。
 見慣れた部屋には、入浴中に快斗の母が用意してくれたのだろう布団が一組、ベッドの隣に敷いてあった。まだ濡れている髪の毛をタオルで掻き回しながら、布団の上に座って胡坐をかく。
「ドライヤー使ってよかったのに」
「おめーこそ髪濡れたままだろ。風邪ひくぞ」
「そんなヤワじゃないから」
 ベッドに座っていた快斗と軽口を叩きつつ、壁の一面をちらりと盗み見る。
 視線の先にはステージ衣装の盗一のパネルが飾られていた。自らの死期を悟っていたのか、今となっては調べようもないけれど、生前の盗一が8年後に開くよう仕掛けた隠し扉だ。パネルを触ると、怪盗キッドの秘密部屋へと繋がっている筈だった。
 新一が部屋に入って来るまで、恐らく快斗は父のパネルをじっと眺めていたと思う。
(やっぱ、ちょっと変だよな)
 ぼんやりとパネルを見詰める双眸には、いつもの余裕も、生気に輝く光も無い。樹海の森に迷い込んだかのような、鈍い眼差しが其処にはあった。
 快斗の母の話だと、毎年この時期になると決まって軽い鬱のような症状が出るらしい。最も、ごく一部の親しい人物にしか解からない程度の変化なので、日常生活を送る分には何の支障も無い。きっと快斗本人も自らの異変に気付いていないだろう。
 両親共に健在の新一には経験する事の出来ない心境だが、推究なら出来る。
 父親とはそれだけ影響力のあるものだと、新一自身も身を以って知っていた。もし工藤優作の息子として生まれていなければ、探偵としての現在の自分は無かったかも知れないからだ。
(タイミング悪ぃんだよ)
 梅雨の季節に、父を失った現象と同じものを目の当たりにして、精神的に参らない方がおかしい。度重なる不運で磨耗していった快斗の姿は、見ていて痛々しかった。
 快斗が苦しんでいるのは、自分が何も出来なかったと思い込んでいるからだ。9歳という年齢を考えると当然だろう。しかしそれでも納得出来ないのが人間の感情の常で、何故こうしなかった、ああしなかったと深い後悔を抱く。その後悔は何時の間にか心を侵食し、強い自己否定の原因となる。
 自分の存在自体に疑問を抱き、嫌悪し、憎悪にまで発展する。だから自分の身を省みずに平気で身体を傷付けたり、他人を助ける事に必死になって、我を見失う。本当は救って欲しいのに、助けて欲しいのに、そういう気持ち自体が罪だと諦めて殉教し、気付かない振りをしている。
 そんな悪循環のループに迷い込んでいる快斗だからこそ、伝えたい事実があった。
「お前、自殺願望のあった社長を怒鳴りつけたんだって?」
「はぁ?」
 虚を突かれたように瞠目して、快斗は眉根を寄せた。
 新一は手中の携帯電話からインターネットにアクセスし、ニュース速報のページを出して読み上げる。
「キッドに救われた命、違法宝石商の社長、改心して全ての罪を認める。……ったく、変なとこで好感度上げてどうすんだよ。怪盗のくせに」
「……アイツ、そんなことまで喋ってんのかよ」
 本気でげんなりした様子で、快斗は頭を抱え込んだ。
 炎の現場では、きっと形振り構っていられなかったのだろう。本気で人を説得するには、自らも相手以上に真摯になって向き合わなければならない。装飾を施された気障な台詞を選ぶ余裕など無かったに違いない。
 それでも快斗の熱意に触れた男は、搬送された病院で家族に再会し、娘にお父さん、と呼び掛けられて号泣したと言う。すぐに自主して罪を認め、今までの犯行を正直に話していると、先程目暮警部に連絡して聞き出した。
「中森警部が妙に得意げだったってよ」
「警部なぁ。あの人、ある意味オレの一番のファンだから」
 熱血漢で知られる中森警部は、実は感激屋の一面も持っていて、こういう人情味溢れる事件には覿面に弱いのだ。
「キッドには感謝してるって」
「え?」
「社長を助けてくれたこと。社長自身も、中森警部も、ニュース記事書いた記者も言ってた」
 ありがとう、と。
「…………」
 無言のまま表情を失って、快斗は呆然と硬直していた。
 新一は意を決して姿勢を起こし、ベッドに腰掛けている快斗を見上げた。気恥ずかしくてすぐに目を逸らしたけれど、そろそろと近寄ってベッドに肩膝をたてる。体重の分だけベッドが沈み、ギシ、と苦しそうに軋んだ。
 新一の気配に気付いて、快斗の瞳に生気が戻る。乾きかけの髪に手を入れて梳いてやると、子供のように目を瞑って俯いた。
 前髪と吐息が肩口に掛かってくすぐったい。こんなに近くに居るのに、いつもは鼓膜が破れるかと思うほど煩い筈の心臓が、不思議なほど静かだった。
「快斗。お前は正しかったよ」
 教え子を諭す教師のように囁いて、新一は快斗の頭を抱きしめた。
 大人しく抱き締められたまま、無反応の様子を不審に思い、少しだけ屈んで、顔を伏せている快斗の頬に触れる。ピクリと反応した姿が愛しくて、新一は躊躇いながらもそっと快斗の唇に自分のそれを重ねた。
 ふわりと羽のように軽い、触れるだけの口付けだった。それでも、快斗の心を揺さぶるには十分で、そっと唇が去った後も微動だにする事が出来なかった。少し不安そうに反応を待っている新一に申し訳ないと思いながらも、上手く言葉が出てこない。
――――お前は間違ってなかったよ。
 これ程の救済があるだろうか。
 望んではいけないと思っていた。願う事は浅ましいと信じていた。だから、今まで気付かない振りをしてきた。
(救われたい、なんて)
 無理矢理口を開けてみると、喉の奥で呼気がひゅう、と鳴った。
 震えるな。それだけに心を砕いて、やっと声帯から空気を搾り出した。
「新一からしてくれるなんて、誕生日って偉大だな」
「……バーロ」