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toccata

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持ってきた鞄をひょいと肩にかけ、来栖は喋りながら俺の帰り支度の終了を待ってくれていた。

「あぁ、すまない」

気にすんな、と手のひらをひらひらさせながらこちらに気を遣ってくれる。
個性的と言えば、俺達新人7人も随分強烈だと思う。
全員で何かに出演する時も、暴走すると誰かが止めに入ってくれる。
学園で一緒だったと言う点を除いても、凸凹がうまくかみ合っている感じだ。

(社長は本当に見る目が有るのだな…)

複数の人数を採用しても、決してお互いが潰しあわないような人物を選んでいる。
人の上に立つ者、と言うのはこうでなければいけないのだろう。
我父を見ていてもだが、事務所の…学園長を見ているとそう思う。

(神出鬼没ではあるが…)

唯一の悩みどころはそこだろうか。
これが有るから手放しで尊敬できない。
尊敬はするが、そこを真似たいとは思えない。

スタジオを出ると、一番星が空に輝いていた。
もう夜、なのだ。

「来栖は、コーディネートが得意なのだな」

率直な感想を述べた。
出番が終わっても、来栖は忙しそうだった。
なぜならば、他のアイドル達がこっそりと隠れてアドバイスを求めていた。
笑顔で、相手が背伸びをしない、だがきらりと光るコーディネートを教えている。
その姿を何度も見かけたのだ。

「洋服、好きだしな。後、多分両親がそう言う仕事をしてるからさ、そのお陰もあると思う」
「なるほど、そうか」

環境とは重要なものだと、再認識する。
俺自身の家も、思えばカメラマンの言う「和」の世界だ。
家にいる場合は和服でいる事が多かったのも事実。
脈々とこの遺伝子の中に組み込まれて行く。
それの集合体が「個性」なのだろう。

事務所まで歩みを進めていると、来栖の携帯が鳴った。

「はい、あ、お疲れ那月」

四ノ宮からの様だ。

「こっちは終わったぜ。ああ、…ん、そうか、分かった。じゃ、一度事務所に戻って…それからスタジオに向かえばいいか?」

先週は来栖達のチームが楽曲製作を行っていた。
レコーディングは、二人の仕事焼レッスンの合間にやっている為、今週はそれぞれの忙しさもあり進んでない様子だった。
「まずいぜ、進んでねーよ」と撮影の現場で少々愚痴もこぼしていた。
最悪でも「有る程度聞ける形」にはしていないいけない。
それぞれが焦ってはいるようだ。
三週目も終われば、全員楽曲も出来あがって来る。

進んでない事を愚痴る理由は何となく分かる。
多分、彼女…ハルの事だろう。
どうしたら彼女への負担が減るかを阿吽の呼吸で皆考えていた。
何時までも学生気分でいるんじゃねぇぞと日向先生…日向さんに怒られてもいる。
だが、そう言う状況であっても彼女の「大丈夫です」と言う言葉と笑顔を見知ってしまうと、それはいけない…と心が呟くのだ。
俺だけでなく、他のものも似たような感覚だろう。

「え?ピアノ?…あーまぁ…それは事務所に聞いた方が良いんじゃねぇの?ん、あぁ…まぁそうだよな…うん、ちょっと待てよ」

マサト、と来栖が電話の喋る口を抑えながらこちらに質問を投げかけてくる。

「お前さ、今日これから時間ある?あー寧ろ明日のスケジュールどうなってる?」
「ん?今日のこれからと明日か?明日は13時から16時まで演技のレッスンで、その後は今度のドラマの打ち合わせだ」
「あーだよなー、事務所のホワイトボードで見た気がする…」
「どうした?」
「…あー」

何か言いづらそうな来栖に対し、俺は更にたたみかけることにした。
埒があかないと言うのが一番の時間の無駄だと考えている。
四ノ宮の声を聞いていないので、会話の内容の詳細は分からないが、ピアノ、と聞こえた。
その単語から察するに、レコ―ディングで必要な事なのだろう。

「今日はこれから事務所に戻り、その後は部屋に戻るだけだ。明日の11時位までならば問題ない。手伝えることは手伝うぞ」

その言葉を聴いて、来栖の表情に明るさが灯る。

「まじ!?やった!分かった!…那月、取りあえずこれから速攻で事務所戻って交渉するわ。マサトはOK出してくれたからってマネージャーに伝えて交渉するわ」

勢いよく電話を切り、事務所へ急ごうと走り出した。

大通りに出てタクシーを拾い、その車内で来栖は俺に状況を説明した。

「…というわけでさ、ピアノ伴奏が必要なんだよ。行き成り渡す楽譜…大丈夫か?」
「読めはするが…伴奏か…うむ、初めてだな」
「だよなー」

ガックリ肩を落としそうになっている来栖に対して、俺は肩を叩き安心させる。

「やってみなければわからない。現時点では仮なのだろう?本番になったらプロの奏者へお願いすればいい」
「いや…そうだけど。そうすると手伝ってくれるマサトに悪いしさ」
「気にするな、餅は餅屋。俺達は楽器を確かに弾けるが、それだけで食べている人達には遠く及ばない。四ノ宮以外は」

この倒置法に、来栖は苦笑していた。
四ノ宮は天才ヴィオラ奏者でもある。
残りの俺達は、弾ける事は弾けるがプロ並みではない。
思えば愛島のフルートも綺麗な音を奏でているが、あれはまたプロとは違う音色な気がする。
もっと高尚なものと言うか神聖なものと言うか…筆舌に尽くしがたい。

俺の意見に納得したのか、来栖は頷いて、鞄からA4のクリアファイルをとりだした。
楽譜だ。
右上部に四ノ宮のサインが入っている。
どうやら、四ノ宮が書き起こしたものらしい。
何に使うかと言う事を来栖は丁寧に説明してくれる。
俺は必死に楽譜からその世界を読みとろうとしていた。

その時、ふと気が付く。

(俺は、今ハルの音楽一部に触れている…)

と。
自分たちの週よりも先に、ハルの創る音楽と世界に。
そう思うと胸の奥が震えた。
溢れそうになる思いを必死に止める。
声に出して彼女に伝えたい。
愛を、どこまでも深く輝く愛を。

「…って訳だ」
「ん…あぁ…」

来栖の説明は終わっていた。
後半は、自分の中に有る想いを抑えるのに必死で聞いていなかった。
非常に悪い事をした気がする。

「後は事務所だよなー」
「その点は、問題ないだろう。俺がやりたいと言えばいい」
「え?でもさ」
「大丈夫だ、困った時はお互い様だろう」

悟られないよう、自分の本音を悟られないよう。
子どもの頃から得意だった、心の奥を隠すと言う行為を俺は来栖に対してしている。
彼女の音楽に、少しで早く触れている。
その高揚感が止まらないのだ。

(早く、早く俺達の時間になればいい、そうすれば…)

今ある気持ちの全てを。
世界中の輝く言葉と音楽を。
お前と共に奏でる事が出来る。
その時間の為に、俺は努力しよう。
こぼれおちて壊れてしまう前に、俺は楽譜に有るお前の世界の欠片を必死に身体の中にとりこんでいた。

作品名:toccata 作家名:くぼくろ