toccata
聖川の場合(2)
「OKです、お疲れ様でした〜!」
「お疲れ様でした」「お疲れ様でしたっ!」「おつかれさまでしたー」
スタジオに響く様々な声色。
華やかな雰囲気を纏った男性、女性アイドル達がその場にいる。
彼らに対してのねぎらいの言葉と、それに対する俺達の返事だ。
今日は撮影の仕事が入っていた。
14時から始まり、滞りなく終了した。
現在18時。
予定時間通りだ。
シャイニング事務所以外のアイドル達との合同の撮影だった。
「事務所ボーダーライン」と言うタイトルの企画で、アイドル系雑誌に掲載される。
別々の事務所から2名ずつ選抜し、お互いの第一印象から既に準備されている衣装から相手をコーディネートして行くと言うものだ。
選抜したのは、宣材写真とプロフィールを見た今日のカメラマンだったらしい。
俺達の事務所からは、俺と来栖が選ばれた。
「お疲れ、マサト!」
軽快な足取りで来栖が近づいてくる。
「お疲れ。ん、その帽子はどうした?」
俺は彼の被っていた帽子が気になった。
元々帽子が好きで被っているようだが、彼が持っているものとは趣向が違う気がした。
何と言うか、非常に女性的だ。
「あぁ、これ?スタイリストさんがくれたんだ。“似合うから貰って下さい”ってしつこく言われてさ」
「そうか…そう言えば、あのスタイリストはやたらとお前にその帽子をかぶせたがっていたな」
「…まぁ、帽子は俺のトレードマークみたいなものだしな。…でも、これは一寸違う気がするんだけどなぁ。それに…」
何かを付け加えようとしていた言葉を来栖は飲み込んだ。
その点に関して問う気はない。
誰しも言えない事は有る。
「お疲れ様です、聖川さん、来栖さん」
「あ、お疲れ様です」「お疲れ様です!」
カメラマンの男性が近付いてきた。
「全く違う印象の二人を選らんで良かったと自画自賛ですよ。人気出ますよ」
「ありがとうございます」「ありがとうございますっ」
笑いながら彼は俺達に話しかけてくる。
「真斗君は今日呼んだ人達の中には絶対いない完璧な和テイストだし。
翔君はどんな人が来ても柔軟に対応してくれると思ったからね。
いやぁ俺の読みは正しかった!って感じだな!助かったよ」
「まだまだですが、呼ばれた理由の部分をしっかりと表現出来て良かったと思っています」
俺は正直な思いを口にした。
彼の言う「助かったよ」と言う言葉は無視していた。
実際この企画、かなり無理があったのだ。
呼ばれた事務所のアイドル達は、どちらかと言うと自分たちの事ばかりで他人の事を考えられない者たちばかりだった。
自分が選ぼうとしているものを別のアイドルが取ろうとすると怒鳴ったりする者もいた。
元々仲の悪い者同士もいたらしい。
選抜したカメラマン自体が人間関係等は全く知らないでペーパーのみで選んだ結果、険悪なムードになる事が多かったのだ。
その点、俺や来栖はどんな嫌な事を言われても上手く受け流しながら、相手を丸めこんで自分たちの出番の撮影を終わらせた。
これを見たアイドル達は少しは目が覚めたようで、我儘を少しずつ隠すようになり、何とか時間内に…と言う訳だ。
この仕事だけじゃないアイドルもいた、と言うのが最も大きな要因かもしれないが。
今回の仕事は非常に勉強になったと俺は思う。
どんな劣悪な状況でも、それを自分にとって一番良い作品を作れる環境にする。
撮影スタッフだけでなく、己の努力も必要だと言う事を肌で感じた。
(それにしても…)
特に来栖は非常に精神的に辛かったと思う。
彼がもっとも気にしている身長に対して言及した者がいた。
それもかなり馬鹿にした態度で。
何度も握りこぶしを作りぐっと飲み込み、相手がぐうの音も出ないような、優美なコーディネートをしてのけた。
それを見た撮影スタジオにいた身長の事を言及したアイドルのマネージャーが、「こう言うのも行けるのか、あいつは…」と驚いていたのだ。
新しい発見と言う鉾とも武器とも言えるもので、黙らせたのだ。
俺もそれを見て、流石だと思い、心の中で最高の賛辞を送っていた。
「それにしても、翔君。君本当に可愛いよね」
「あ、ありがとうございます…」
来栖の表情が少々曇る。
「女の子みたいな恰好、今度はお願いしたいなぁ」
「あ、あはは。それは事務所の判断ですかねー」
必死に何かを堪えているのが分かる。
来栖の身体がカタカタと震えていた。
「だよねー。シャイニングさんの所だものね」
「ま、まぁ…そうですね、ははっ」
早く切り上げたい気持ちが俺にも伝わってくる。
このカメラマンは、ひょっとしたら空気はあまり読めないのかもしれない。
確かに、撮影中仲が悪い人同士を組ませた時、周囲が「あのーそこはこうした方が…」という意見を言っても、なんで?の一点張りだった。
結局はそのまま続行して、終わらないからと出来る所から…と言う形になり順番が流動的になっていった。
これでよく収拾が付いたものだ、と思ってしまう。
女装は、確かに学園時代にしたが…。
あれは俺達自身、「勉強の一環」ではあったがそれが仕事になるとは考えていない。
他の者はどうか知らないが、少なくとも俺はそう思っている。
一通り来栖への女装写真へのお願いが終了した後、思いもよらない事を口にした。
「ほんと。今回は、シャイニングさんの所にお願いしてまさか本当に通るとは思わなかったので…良かったですよー」
「そうですか?」
疑問符を俺は投げかける。
「ええ。シャイニングさんの場合、どちらかと言うと歌番組とかバラエティが多いし。
写真は歌関連が多々…って言うのがシャイニング事務所の新人さん…のイメージだし」
我ながら、勉強不足だったと思う。
自分のいる事務所の事を何も知らなかったに等しい。
「先輩方がそうだったんでしょうか?」
「うーん、そう言う事が多いには多いってことかな。
それに、場合によっては”専属”のカメラマンしか撮影させて貰えないし、それに…」
彼は口ごもって次の言葉を上手く紡ごうと努力し始めていた。
「今回の企画は雑誌の企画でも有るけど…まぁ、ペーペーの俺が出版会社の先輩を頼って持ち込んだ企画…でもあるんだよね」
「…そう、だったのですか」
彼も俺達と同じ”新人”であった、と言う訳だ。
至らない点があってごめんね、と彼は頭を下げた。
俺達はそんな事ないこちらこそ申し訳ない、と更に深く頭を下げた。
その後俺達はカメラマンを見送り、控室で荷物を纏め始める。
「しっかし、今日は中々スリリングな現場だったな」
翔は苦笑しながら持ち込んだ道具を片付けていた。
今回メイク道具はなるべく自分が普段使っているものを持ってきて欲しい、と言われていたから中々の量になっている。
多分、新人の持ち込んだ企画で予算の関係もあるのだろう。
メイクもある程度は自分でやって、補正をメイク担当者の女性二名が猛烈な勢いでやってのけていた。
「確かにそうだな」
「こう言うのも嫌いじゃないけど、なるべくならば穏便に…だよな」
「そうだな…いがみ合っては良いものは出来ないよな」
「ああ、そうだよな…」
「個性的なのは良いが、親和性は必要だろう」
「確かに…」