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toccata

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風に舞って姿を消して、まるで存在していないかのような…過去の自分をありありと見せつけている…そう感じられた。
寂しいとは思わないが、虚しい気はした。
“本当”を教えてくれたのが…、

(レディ、君なんだよ…)

俺は心の中で何度も何度も愛の言葉を呟く。
目の前に居る愛しい人が、必死に白い五線譜に音を埋めようとする。
何時も違う彼女の体温は俺を突き動かした。
普段だったら彼女の言葉を信じるが、今回ばかりは無理だった。

幼い頃。
高熱で倒れた時、部屋で一人過ごしていた事を思い出した。
カーテンも閉められ、外の光は隙間からしか見えない。
瞼も頭も重い。
体が熱く呼吸が浅くなって、喉も掠れて声が出ない。
ふと、一人だと思った。
何時もは傍にいる筈のジョージも、今日は別の仕事で傍にいない。
一人だと思った。
暗い世界に自分しかいない。
ここに居ても仕方がないと宣告されている気分になった。
もがいてももがいても届かない光。
諦めて目を閉じた時。
隠れて見た母親の映像と、歌を思い出した。
優しい歌声、甘い音楽。
身体や心に付いた錘が外れて行くのが分かった。
こんなにも自分を満たしてくれる”音楽”に救われ、心を奪われた瞬間でもあった。

(俺にとって、今君と君の音楽が必要なんだよ、レディ…っ)

強引にレディの体を持ち上げ、俺は歩きだした。
吃驚した声を上げる彼女を無視する。
作業机がある部屋とは別の、俺の寝室へ連れて行った。
ベッドに彼女を横たえる。
本当は今着ている普段着よりももっと緩い、寝間着に着替えて貰うのが一番良いと分かっているが、

(流石にそれをやったら嫌われてしまうからね)

と俺は我慢する。
本当は、その滑らかな肌に指を滑らせたい気持ちもあった。
発熱して頬を赤く染め、普段よりも高い体温のレディは、とても…怖い位魅力的だった。
勿論日常の中でも十分だが、何と言えば良いか…しいて言うならば”官能的”だろうか。

「あの、神宮寺さん…」
「ごめんね、レディ。本当はレディの我儘を聞いてあげたいけれど、今はダメ。
 今日は俺の我儘を聞いて。聖川は今日仕事でてっぺんを超えるかもしれない。
 二人の曲は俺の意見だけで出来る訳じゃないしね。だから、しっかり休んで」
「でもっ…」

レディは何か言葉を紡ごうとした。
とっさに俺は、彼女の唇を塞ぐ。
柔らかく小鳥が啄ばむ様に。
そっと彼女の唇に、音もなく俺の唇を重ねた。
お互いの視線が交じり合う。
発熱で赤い顔が、更に赤くなっているのがありありと分かった。

「ね、レディ。今日だけ、今日だけ我儘を聞いて。体調が良くないと良い音も逃げてしまうよ。焦らないで」

横になっているレディの頭を静かに撫でた。
さらさらとした髪の感触が俺の掌で遊んでいる。
体中に幸福感が増して、自然と笑みが出た。
その後もレディは何か言いたそうだったが、俺が鼻歌を歌いながら髪を撫でているとうとうととし出し、静かに眠りに落ちた。
彼女の寝顔をしばらく眺め、俺は寝室を出た。


これからどうするか、は決まっていた。
事務所から告げられている”ホウレンソウ”を実行する。

(まずは…)

医者を呼ぼうと思った。
ジョージに連絡をして、腕のいい女医をホテルに呼ばせた。

(さて、次は…っと)

事務所へ連絡を入れる。
メールではなく、電話を選んだ。
運が良いのか悪いのか、その時丁度リューヤさんが事務所にいた。
電話を変わって貰う。

「…そうか…」

重い溜め息をつきながら状況を理解してくれたが、すかさず、

「今お前達の楽曲はどこまで進んでる?」

進捗を聞いてきた。
手痛い、と思いながらも俺は「メールの通り」と包み隠さず答えた。
更に重い溜め息をつき、間に合うかどうかの質問をしてきた。

「リューヤさん、俺を誰だと思ってるの?」
「…ギリギリにならないと本気を出さない、神宮寺レン。ギリギリでも本気を出さない神宮寺レン」
「ははっ、これはこれは、ご理解痛み入ります」
「ふざけてる場合じゃないぞ、神宮寺!」

リューヤさんは心の底から心配してくれている。
強面だが、兎に角面倒見が良い人だ。

(アイドルなのに…)

と俺は声には出さないが苦笑していた。
もう少しこちらをぞんざいに扱っても問題ないのに、とも。
学園、事務所関連、そして自分。
仕事は山ほどある。
周囲の事を気にしながら仕事をこなしていく、とても器用な人だと俺は尊敬していた。

「兎に角、まだ時間はあるし、今日は聖川はテッペンだって言うし。大丈夫、何とかするよ」
「…するんじゃなくて、しろ!」
「はいはい」

リューヤさんの檄が飛んでくる。
それが心地良かった。
どんな状況でも、俺達を心配させる事はなく背中をどんと思い切り押してくれる“先輩”。
人生においても、この芸能界に置いても。
この存在の大きさに、何度も救われている。

俺は、医者を呼んで有る事、今日はレディを確実に休ませる事を事務所に提案し、リューヤさんからの了承を貰った。
電話を切る前に一つ、大きなお願いごとをする。
それを聞いたリューヤさんは溜め息を重ねて、それはお前なりのあいつへの気の遣い方か?、と聞いてきた。
どうだろう、と俺は軽く受け流す。
深くは詮索せず、リューヤさんは”その事”も了承してくれた。

電話を切った後、俺はレディが向かっていた楽譜に目を通す。
そこには俺達が言い合っていた事の走り書きのメモと、Bメロまで音符が書かれていた。
随分迷いがある、と音を追いながら思った。
確かに、その原因を創っているのは俺達二人だった。
少し反省する。

レディがいる部屋のドアをそっと開けて、彼女の様子を遠目で窺う。
呼吸は浅い、まだ頬の赤みは取れていない。
白湯と簡易的に創った氷枕、そして少し温かいお湯で濡らしたタオルを準備し、部屋に届ける。

レディ、と小さく声をかけて枕を氷枕にし、枕元に白湯を置いた。
ふと目をやると、首筋から鎖骨にかけて綺麗なラインが見える。
白い肌に赤みがぽっとさし、艶めかしい。
優しく俺は、顔や首付近を拭いた。

ねぇ、レディ?と俺は心の声で語りかける。

(このまま、君を手に入れてしまおうか?そうすれば、俺とあいつの”不毛な”争いも君の目の前から消えるよ。
君が俺達の”不仲”を心配する事もない…)

高熱と連日の楽曲製作で体力を奪われているのか。
俺がタオルで汗を拭っても、身体を少し動かすだけでレディは目を覚ましていない。

(…相変わらず無防備だな…)

苦笑してしまう。
こちらの事を信用し過ぎだ、とも思う。
だが、俺はそんな彼女に救われているのだ。

ふと、視界にレディの可愛らしい唇が入る。
無性に触れたくなる。
そのまま全てを奪えるとは思っていない。
だが、欲しい、と思った。

(リューヤさんは気遣いとか言ったけれど…)

頼みごとは“エゴの塊”だった。
どんな瞬間であろうとも、レディいる二人の時間を求めてる。
だから邪魔だけはされたくなかった。

(レディ、君が欲しい…)

俺は彼女の顔に髪がかからないように後ろ手に簡単にまとめ、もう一度唇を静かに奪った。

作品名:toccata 作家名:くぼくろ