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雨に濡れて掠れたラブ・バラッド

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れただけジャンの服がますます水を吸った。
「・・・・っは、マジで、来たのかよ・・・・」
ベルナルドのシャツに顔が触れたまま、少し笑う。息をすると、肺の中がベルナルドの匂いで満たされた。質の良い
葉巻と、部下が淹れただろう熱いコーヒーの苦い匂いと、柑橘系のすっきりしたコロンの匂いが混ざったようなそれは、
捨てて、そして捨てられた組織に居た頃、ベルナルドの仕事部屋を訪れている時の事を思い出させた。思い出すことは
ジャンにとって良いこととも悪いこととも取れない。この匂いに満たされるとなぜか安心する。けれど、ずっとそうし
ていることはできないと突きつけられると、苦い気持ちになって突き放したくなった。目の前の男は自分で全てを選べ
るのだ。自分は、もう何も選べない。ベルナルド次第でどうにでもなることだって、あり得るのかもしれないと気がつ
いたら、急に今の状況が恐ろしくなって、ジャンはベルナルドの身体を強く押し退ける。
「・・・っジャン・・・!!?」
一瞬でも、来てくれて、姿を見て泣きそうになった自分を呪う。馬鹿だった、いっそ来ないでいてくれた方が良かった。
自分の手の届く範囲の未来で良かったのに、これでは何も出来ない。人間になれたのに声が出なくて、それまでのように
ひたすら想い焦がれるだけになった、童話のヒロインようにジャンはただベルナルドを一瞬だけ、訴えかけるような目で見る。
「・・・・・ジャン?」
困惑しているベルナルドを振り切って、ジャンは走り出す。足を動かす度に道路に溜まった水が跳ね返って、生乾きのズボン
を濡らした。それでも、ただひたすら走る。遠く、なるべく遠く。視界が滲んでよく見えないのが雨のせいなのか、それとも
流したくなどないのに零れてしまった涙なのかも分からない。ジャンは息を切らし、時折目元を拭いながら、店の看板が明る
く灯り、車が行き交う夜の街を走り続けた。さよなら、いやグッバイの方が粋か。2つ並んだ意味の同じ言葉を遊ばせて口元を
微かに歪ませる。どちらにせよもう終りだった。弱々しい、歪な愛の歌は雨に溶けて消えた。