tremolo
おまけ視点・続々/音也の場合
目の前で何が起こっているか、分からなかった。
(な、んだよ…これ…)
トキヤへのレコーディング状況の確認のメールを送信する為に春歌の傍から離れた。
携帯のアンテナの本数が安定しなかったのだ。
ほんの数分だったと思う。
戻ってみたら、信じがたい光景が目の前に広がっていた。
(俺…何見てるんだろう…)
目にした状況を受け入れられなかった。
---七海が…セシルと…?
七海がセシルに抱きしめられている。
彼女は突き放す事もなく、それを受け入れている。
二人は…
(付き合っていたの??)
そんな絶望に近い疑問が脳裏を埋め尽くした。
女性に対して情熱的に接して、アプローチをするレンを常日頃見かけているので、春歌との距離が非常に短くなる状況を知っている。
だがレンはどこまで行っても紳士的で、言葉や歌声で七海への愛を語る事はあっても、直接的に触れてどうこう…と言う事を見た事がなかった。
だから余計にセシルのあの行動が、途轍もない衝撃になって、何も出来ない状態の自分を生み出している。
暗い表情をしていたと反省する。
表情を読みとって春歌もセシルも音也を心配し、声をかけてくれた。
それの善意を受け止めず、空回りの元気でやり過ごした事に対して、本当に「情けない!」と自分に喝を入れた。
枕に頭を乗せる。
首を横に向けて、隣を確認する。
そこには、七海の…恋人…かもしれない人間がいる。
すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てて、幸せそうな表情で。
時々七海の名前に似た音が寝言で聞こえてくる。
勇気がなくて、セシルや七海に確認出来なかった。
確認してもし本当にそうだとしたら、自分がその事実をその場でしっかり受け止められるか心配だったからだ。
夕食時も二人は楽しそうに話していた。
自分の入る隙間なんていないような…そんな感じもする。
彼女は凄く優しいから、恋人を前にしても、楽曲提供をしているアイドル見習いの自分にも笑顔を向け、心配もしてくれている。
その優しが、今は凄く…痛い。
(駄目だ…俺、すっごい弱い…)
自分のメンタルの脆さをしみじみ感じる。
(あれ?)
頬に水を感じた。
(あれれ?まずいよ…)
腕で両目を抑え、セシル側を背に向けて体を丸くして必死に眠りを呼んだ。
早く、早く朝になればいいのに。
朝になって太陽を浴びたい。
そうすれば元気を貰える、きっと。
朝陽を浴びて新しい一日を胸一杯に、体中に取り込んで、彼女が知っている自分で逢えるように、と願いながら音也はやってくるだろう睡魔に必死に手を伸ばしていた。