tremolo
おまけ視点・音也とトキヤの場合
ベッドルームに入った音也は寝付けずにいた。
歌詞が頭に浮かばないと言う事が気になる、…のではなかった。
何故か顔が赤くなって、頭がぼーっとする。
一応部屋にあった救急箱を手にとって中身を確認し、体温計を見つけ出す。
測った結果は、36.5度。
元々平熱は高い方だから、「平熱」だ。
(だけど…)
トキヤならば…自分の胸の中にあるモヤモヤした言葉を、音にして伝える形まで消化できるだろうか。
何か分かるだろうか…とベッドルームを出る。
すると、食卓用の机付近にトキヤがいた。
本を読んでいるようだ。
「トキヤ」
夜だからと声を小さくして呼び掛ける。
こちらに気がついて、本を閉じ視線を上げてくれた。
「トキヤ、眠れないの?」
「…え、ええ…まぁ…あなたもですか」
「俺も…うん…何か眠れない…」
二人は黙り込んでしまう。
部屋は空調の音が何となく広がっているだけ。
後は音也とトキヤの息遣い。
(そして…)
彼らは同じ方向を見てしまう。
視線の先にはもう一つのベッドルームがある。
「トキヤ」
「なんですか?」
「何か、これって…かなりまずくない?」
「…なにがですか?」
勢いよく顔を戻し、音也がトキヤを見る。
「だ、だって!聞いてないよ!七海と同じ部屋で寝ることになるなんて!」
「わ、私だって聞いてないですよ!というか、正確に言えば同じ部屋ではなく、同じ屋根の下です!」
「か、か、変わらないよ!こ、こんな危ない状況で大丈夫なの!?」
「あ、あああ、危ない状況ってどう言う事ですか!?音也、あなた何を考え…っ」
「えええええええ!?な、何も考えてないよ!トキヤ、勘違いしてる!!」
「勘違い!?私が!?そんなことありえないでしょう!」
「だって!そもそも、何でこの机で本読んでたんだよ、ベッドルームで寝ればいいじゃないか!」
「あ、あなただって何故起きてきたんですか!?何かやましい事でもあるんですか!?」
「ああああああっ、疚しいって!ま、まさかトキヤ…」
音也が青ざめた顔で、トキヤを指さす。
「そんな訳ないでしょう!普通に考えて下さい!」
飛んだ濡れ衣だと、トキヤが腕を組み音也へ背を向ける。
すると、男二人の声以外の声が部屋に響いた。
「どうか…したんですか?」
二人の大きな声を耳にして、眠そうな顔で春歌が起きてきた。
「え!?」
可愛らしいピンクの寝巻を着ている。
どうやらホテルのを利用していないようだ。
「いやっ、その…デュエットのね!歌詞のテーマとかに着いて話を…ね、ね、トキヤ!」
顔を真っ赤にしながら、音也は身ぶり手ぶり、明らかに怪しい位大きくしながらトキヤに話題を振った。
「そ、そそそそ、そうです!音也から、夜の時間も大切にしようと提案がありまして!」
焦った表情を浮かべながらトキヤも必死に普段通りを装うとして、音也の話の流れに乗った。
その話を聞いた春歌は一旦ベッドルームに戻り、PCを持ってきた。
二人はその姿を見てキョトンとしてしまう。
「お二人だけで詰めるなんてずるいです。私も参加します」
「えええ!?いやいやいや!」「そそそ、それはまずい!」
明らかに可笑しい二人の態度。
そんなことに疑問を少し感じたりもしていたが、気にせずにどこまで話が進んだのかを春歌は訊ねてきた。
(…あれ?)
(…ひょっとしてこの流れは…)
音也とトキヤは顔を見合わせ、現状況の把握に務めるように思考回路をフル回転させる。
(…ひょっとしてトキヤ…)
(なんですか?)
(…春歌って…て、天然?)
(…あなたに言われたくないでしょう…)
結局その夜は、デュエットの歌のテーマ等を三人で悩ん事になった。
春歌は時々転寝をする為、二人はその度に心を揺らされる。
翌朝、二人は事務所に「春歌の寝室と歌の製作作業用の部屋は別々にして欲しい」と嘆願した。