第一種接近遭遇
「ナオ兄! お客!!」
そう何歩も歩くまでもなく辿り着いた部屋の襖を、少年が勢いよく開けた。擬音で表すならスパン! としか表現のしようがない大きな音に、アツロウは肩をびくりと震わせた。
部屋は、予想通りの和室だった。黄みを帯びた古ぼけた畳。年代ものと思われる、どっしりとした和机。柱にかかっているのはこれもまた年代ものと思しき和時計だ。灯りはさすがに電燈だが、花を思わせる傘にどこか郷愁を誘われる。その中で、場違い、としか言いようのないPCが何台も鎮座しているのが目に映った。
アツロウは息を呑んだ。軽く着物を肩に羽織らせ、和机の前にどっかと胡坐をかく人物。後姿だったが、間違いはない。唄依直哉――
「ナオヤさ…」
「お客だっつってんだろ耳ついてねーのかこのバカ兄貴!!」
呼びかけは、途中でしぼんだ。開けっ放しの口が、むなしく開閉を繰り返す。目は、閉じられなくなった。少年が、ナオヤの背を蹴っ飛ばしたからだ。
「――大声を出すなバカ弟。聞こえている」
堪えた風もなく、飄々と。ナオヤが、振り向いた。涼やかに笑う。
「よく来たなアツロウ。まあ座れ」
「い、いたいいたい痛いいたい痛い放せバカ痛いッッ」
「……え、座…あー…、は、はあ……」
頷いていいものか迷った。素直に座っていいものかも。何故なら今、座布団を薦めるナオヤの腕は少年の首をぎりぎりと絞め、少年の脳天に拳をぐりぐりと押し付けている。
目にも留まらぬ早業だった。僅かな動きで、ナオヤは少年をあっという間もなく捉えたのだ。アツロウが呆然と見つめるその前で、しばらく少年の頭に制裁を下した後、ナオヤはぱっと腕を放した。
「咲馬。茶」
「言われなくとも判ってるっつの。……ひょっろいくせに、んでこんなバカ力……このバカ兄……」
ぶつぶつと文句を言いながらも少年が場を離れる。襖を閉める間際、ナオヤに向かって中指を立てて見せたのには驚いた。そのナオヤも、そっくりそのまま中指を立てて返していたのにも。思わず訊かずにはおれなかった。仲が悪いのかと。
「ふむ……そういう風に見えるのか」
と、言うのが返答だった。そのまま黙ってしまったので、それ以上は訊けなかった。結局、この日、何を話したんだかよく覚えてはいない。
後日、少年――唄依咲馬には高校に上がってから再会を果たした。なんだかんだで仲良くなり、「サク」という愛称で呼ぶまでになった。が、ナオヤとの仲についてはいまだはっきりと訊けぬままでいる。