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ヒドゥン・プレイス

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地球のかたすみの、ちいさな家。

 もとはカトルの隠れ家だ。戦後、ウィナーの者には内密に、マグアナックの連中とつくったらしい。
 2、3人が快適に暮らせる程度の、カトルにしては倹しくちいさな部屋。当主の仕事に疲れたり厭きたりするとそこで羽を伸ばしていたようだが、何を思い立ったか突然、カトルはかつての戦友(少なくともカトルはそう思っている)4人にその場所を連絡してきた。わざわざ暗号をつかって。
 ウィナーの情報網を掻い潜るためではない、単に悪戯心だった。と、後にその隠れ家でカトルは語った。たとえば秘密基地に集う子供同士で幼い情報を共有するような、そんな── オレにはよくわからなかったが、カトルにはそういう少年の感性を楽しみたがる部分があった。
 集まろう、とは言わなかった。場所とキイコードだけを教え、自由に使って好きなだけ居てくれて構わない、とカトルは言った。あとはそれぞれの自由に委ねたわけだが、意外なことにオレを含め、4人ともがそれに応じた、らしい。らしいというのは隠れ家で他の誰かに出くわすことが稀だったからで、カトルから聞いた限りでは、カトルはオレに、トロワはデュオにしか逢ったことがなかった。(カトルとトロワは互いに連絡を取って状況を知っていた)
 五飛とは誰も逢っておらず、来ていないと推測されたが、違った。こじんまりとしたキッチンにはやがて見たこともない中国の茶と茶器が持ち込まれたし、茶葉は少しずつ減っていた。

 五飛の茶を切欠に、部屋には私物が増え始めた。定期的に清掃や食料の補充が行われているらしいそこは、いつ訪れても無機質に整頓されていたが、持ち込まれる物で少しずつひとの色がついていった。
 私物と言っても、ほとんどが自分以外の者へのメッセージだ。食べもの、菓子、チャチな玩具── 土産と称して置かれていくそれらは、定住地をもたない奴らが今どの辺りにいるのかをぼんやり思い起こさせた。その想像は思いのほか愉しく、真似るようにして他愛ない物をテーブルにばら撒いてみる。今はどこの国でも使われることのない旧いコインは、次に来た時には数が減っていた。
「来ていたのか」
「おまえもな」
 そのうち、他の奴と出くわす頻度が増えた。場所に執着しているようでいやになるが、戦争は終わったのだしオレ達はもう兵士でもない。ひとつくらいそんな場所があってもいいだろう。秘密基地、と冗談めかしてカトルは呼んだが、その感覚がようやく分かりかけてきたような気がする。
「茶葉が増えている」
「昨晩まで五飛が居たからな。それは土産だ。なかなか面白いぞ」
「面白い?」
「花が咲くんだ」
 ……茶に?
 トロワに言われた通りに試してみると、確かにポットの中でふしぎな形の花が開いた。
「カトルが面白がって、何杯も試していた」
「あいつも来ていたのか」
「一昨日までな。ぎりぎりまで戻りたくないと駄々を捏ねていた」
「おまえはずいぶん長いようだな」
「興行が一区切りしたから、休暇というところだ。そろそろ戻るつもりだが」
 そこでトロワがふわりと表情を和らげたので、オレは少し身構える。これは、こいつがひとをからかう時にする顔だ。
「デュオには逢っていないぞ」
「……何故あいつの名が出てくる」
「いや? 訊きたいかと思って」
 気には、なっている。
 ここへ来る回数は増えているのに、何故かデュオとだけは逢わないのだ。それは他の連中も同様で、しばらく誰も顔を見ていないらしい。
 来ていないわけではないのは、置かれている土産とメッセージでわかる。その数を見れば、割と頻繁に訪れているようなのだが──
 テーブルの上に親指ほどの、ちいさな陶器の天使がいる。ばら撒いたコインがひとつ減った場所に、替わりのように置いてあった。天使の下にはメモが挟まれ、そこには笑うような筆跡の走り書きで「←似てる。」とだけ書かれていた。
「逢いたいんじゃないのか」
 答えようがなくて、口ごもる。
 連絡先も知らない。メモを天使の下からはずし、文字を指でなぞってみた。
(に、て、る……)
 悪戯っぽく笑いながらメモを書くデュオを想像する。紙にはもう、体温は残っていない。間接的な距離は心地好いようで、どこか物足りないような気もした。
 別に逢ってもどうもしない。逢って、くだらない話題には事欠かないであろうデュオの一方的な会話に辟易するなら、このくらいの距離感の方がいいのかもしれない。
 それでも──
「ヒイロ」
 ぼんやりしていたのか、トロワが側で覗き込んでいたことに気づかなかった。
「……なんだ」
「ここに」
 トロワの指がメモを差した。デュオの文字が綴られている、ちょうど真裏の辺り。
「数字が、書いてある」


作品名:ヒドゥン・プレイス 作家名:にこ