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水風船

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でも今は、あの池袋から遠く離れた地にいる。
彼と僕の二人きりで、話しかけてくる知り合いもいないし電話もない。
彼を奪ってしまうものはなにもない。
臨也さんは、今この瞬間だけは、この夏祭りにいる間だけは、僕だけのものだ。
だからもう少しだけ、この時間を続けていたい。
あと少しだけ。
せめて朝がくるまで。
そう思った瞬間、
どおん、
と。
遠くの空から、計ったように音が鳴った。
「…雷か、」
「…」
嫌だな、どうして今日に限って。
音がした方を仰いだ。
手前に広がる夕暮れ色の雲の向こうに、鉛色の空が見えた。
「雨が降るかもね」
そうしたら帰らなくてはいけないんだろう。
夜が明けるまでなんて、馬鹿な願いだってちゃんと分かってる。
本当は、この祭りが終わる時間には帰らなくちゃいけない。
それはきっとあと数時間で訪れるはずの時間。
でもその数時間でいいから、もう少しだけこうしていたい。
手を繋いで、並んで歩いていたい。
二人だけで同じものを見て、二人だけの時間を過ごして、この先一生、僕達にしか分からない、誰もの介入を許さないこの時間が惜しい。
僕の名前しか呼ばないでいて欲しい。
彼の名前しか呼ばないでいても赦されるままでいたい。
少しでも長く僕だけの臨也さんがほしい。
少しでも長く彼だけの僕でいたい。
帰りたくない。
まだ帰りたくなんてない。
触れてくれた理由を聞きたい。
甘やかしてくれる理由を聞きたい。
(聞いてしまったら終わってしまうのだろうか、)
くん、と突然、小さく引っ張られる。
空を見上げて思考に沈んでいた僕は、とっさの事に反応できずに引かれるまま前へつんのめった。
と、と軽い音と鼻への鈍い痛み。
それから、ふわと香ったコロンに、頬に触れた温もり。
ぱしゃん、と何かが弾ける音がして、足に冷たい水が掛かるのが分かった。
彼に抱き止められたのだと、そう理解するのは早かった。
(みずふうせん、が、)
どおん、と太鼓の音が響いて、呼吸が苦しくなる。
どん、どぉん、と早くなる太鼓につられて僕の鼓動もはやる。
どうしたらいいのか分からない。
離して下さいと突っぱねるのは支えてくれた彼に失礼だし、何で引っ張ったんですかと怒ってもどうせ彼には意味をなさないし、いい香りがしますねというのは何だか変態臭い。
「急に止まったら危ないだろ、」
そうか、引っ張られたのではなくて、僕が立ち止まったから引っ張られたと感じたのか。
あらぬ疑いを掛けてしまったけれど、まあそれは臨也さんの日頃の行いというやつだと思う。
…そんな事が分かったから何だっていうんだ。
この現状をどう打破したらいいんだ。
支えるためにだろう、腰に回された臨也さんの腕に意識が持っていかれる。
握られたままの右手もさっきより心なしか汗ばんでるような気もする。
じわりと、浴衣の裾が水気を吸って重たくなる。
「雷は嫌い?親の敵でも見るみたいな顔、してたけど」
そんな顔をしていただろうか。
思わず顔に手をやろうとして気付く。
右手は臨也さんにしっかりと握られたままで、左手は臨也さんの背中にしがみついたままで。
つまりは抱きついている状態が未だに続いているのだ。
気まずい。
僕が一方的に気まずい。
そろそろ周りの反応も気になる。
転んだ相手を支えたにしては、この体勢でいる時間がいやに長い。
というか、腰に回された腕が緩む気配が一向にないんだけど、どうしたらいいのか。
「あ、の」
顔なんて上げられる筈がなくて、臨也さんの胸に顔を埋めたまま抗議の声を上げた。
「ん?」
白々しい。
分かっていてこうやって聞き返す彼は、本当に性格が悪いと思う。
「、離して下さい。…もう大丈夫なんで」
言いながら身じろげば、腕の拘束は簡単にほどけた。
それが少し寂しい気もして、でもだからって抱きついている訳にはいかないから、離れていく臨也さんの手を見つめたまま一歩後ろに下がった。
「…、あのさ、そうゆう顔、しないでくれないかな」
腕を見つめたままだった視線を上げれば、苦笑いした臨也さんと目があった。
きゅう、ともう一度、繋がれたままの手が強く握られた。
ぎゅう、と僕も握り返した。
もう少しだけ一緒にいたいと言うような仲ではない。
もっと触れていて欲しいと強請っていいような関係ではない。
どおん、と。
太鼓と遠雷が同時に鳴り響いた。
「臨也さん、」
僕の声に目を細める彼に、少しだけ我儘を言ってもいいだろうか。
それくらいならきっと許されるだろうし、臨也さんなら甘やかしてくれる筈だから。
「もう少し、奥まで行ってみたいです」
割れてしまった水風船は戻らない。
「はいはい」
帝人くんは我儘だなあ、なんて言いながら、それでも境内の奥に向かって歩き出す臨也さんに抱く感情は、もう隠しようがない。
穏やかに笑いながら、僕が転ばないようにゆっくりと歩いてくれる彼が、いつの間にか絡められた指先をいたずらに動かす臨也さんが、僕は好きだ。
「、なあに、また転びそうになったの?」
「はい、」
繋がれた手はそのまま、寄り添うように臨也さんの腕にすり寄る。
「…帝人くんは、次に夏祭りに来るまでに、浴衣に慣れなくちゃだね。誰かと一緒に行く時のためにも」
てのひらだけじゃなく、触れている腕や肩に彼の温もりを感じる。
(…臨也さんがいい)
他の誰かじゃなくて、臨也さんがいい。
この先に感じる温もりも失う温もりも、与えられる温もりも奪われる温もりも、何もかも全部ぜんぶ、
「…臨也さんがいいです」
貴方がいいし、貴方になら構わない。
「、」
もう一度てのひらに力を込めれば、痛いくらいの力で握り返された。
どおん、とまた一つ鳴った音が聞こえたけれど、それが雷なのか太鼓なのか、それとも二人の鼓動なのか、僕には分からなかった。
ただ、隣を歩く臨也さんが、俺もそう思うよと小さく呟いた声が、ずっと耳に残っていた。
作品名:水風船 作家名:ホップ