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I do, I do.

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 この地を訪れるたびに、ここは亜熱帯なのかと疑いたくなる。
 吹き抜ける風は湿気をはらんでシャツにまとわりつくし、もともと湿地で窪地につくられた場所のせいで、夏には華氏100度を超える日もあるのだそうだ。
 今日がその日でなくてよかった、と、すぐ下に庭の広がる窓の外をぼんやりと眺めながらイギリスは思う。
 寒いほど空調の効いた建物の中に逃げ込んでも、体内に篭った熱で意識がぼうっとしていた。庭の芝はスプリンクラーによって細やかな水を与えられている真っ最中で、あの中に立っていた方が涼める気がする。
 さわやかな水の音に、無意識に喉を鳴らしていた。
 どうぞ、と顔なじみの女性職員に案内されて、汗で湿ったジャケットを肘に抱えたまま控え室から執務室へと通される。
 ノックの音に続いて、陽気な声がドアの中から帰って来る。二ヶ月ぶりに見たアメリカは疲れた、というよりも、いささか辟易した顔でデスクの上の書類の束を眺めていたが、
「なんだ、君かあ」
 顔をあげるなり更に疲れた顔を見せてくる。でもアメリカの声は明らかに嬉しそうだったので、露骨に皮肉を吐くのは止めておいた。
「俺で悪かったな」
 久しぶりに会うにしてはつれない態度だ、と声を尖らせる。
 付き合う、といういささか契約じみた不安定な関係にある今、いつアメリカが自分に飽きるか分からないのもあって、少しでも本音の見えない態度を取られると、警戒してしまう。
 内心むくれていると、アメリカは手にしていたペンを放り出して、席を立つ。デスクの前で突っ立ったままだったイギリスの腰に手が回され、そっと、来客用のソファーに座るよう手のひらでいざなわれる。
 まるで女扱いなのだけれども、怒らせていた肩が自然に下がる。
 アメリカはくすくす笑っているようだった。我ながら、お安い。
「すごい汗。職員用のだけど、シャワーでも浴びてくるかい?」
「着替えが今手元にないから、いい。それよりもこれを渡しに来た」
 ひとり掛けのソファに座ったアメリカに、書類とデータの入ったメディアを渡す。
「こっちに出張ついでに、これを渡して来いってさ」
 受け取った書類をめくりながら、アメリカは肩を軽く竦めた。
「ご苦労さま……っていいたいところだけどさあ。いまどきアナログな手渡しじゃなくていいのに」
 この暑さだし、とアメリカは一瞬窓の外へ目を向ける。
「病み上がりでも使い走り程度なら出来るかどうか、上が試してるんだろ」
 7月、アメリカが独立していった月が訪れるたびに、毎回決まって体調不良を起こしてしまう。毎年しつこく付きまとう持病だ。
「ああ、そりゃあね、俺のところに来るなり、いきなり血を吐いてカーペットをよごされても困るしね!」
「いってろ。バカ」
 口を噤んでいると、ごく自然な仕草で膝に置いていた指先に軽く触れられた。突然の接触に顔が赤くなる。
「ね。……大丈夫なのかい?」
 体と、それから持病のきっかけであるアメリカが触れても大丈夫なのかどうか、聞いてくれる。口を開けば辛らつなことばかりいうくせに、付き合うようになってからのアメリカの態度は、戸惑いたくなるほど、やさしい。
 ああ、と気の抜けた言葉しか返せなかったが、アメリカは安心したように手を引っ込めた。
「喉渇いてないかい? 何か持ってきて貰おうか、…………あ、イギリス、お酒はもう飲めるの?」
「普通に飲める」
 ランチにビールをあおっても普通に仕事ができる程度には体調は回復している。
「普通って? 君の普通がよくわかんないんだぞ」
 アメリカは呆れた口ぶりで混ぜ返してから、立ち上がり、さっきまで座っていたデスクに腰掛けると、引き出しからちいさな鍵を取り出して、足元で何かを探っている。それから、デスクの上のパネルを操作して、外に控えている部下に何かを小声で伝えていた。
 しばらくすると、女性職員がトレイの上にグラスを載せて室内に入ってくる。イギリスの目の前に置かれたグラスはワインを飲むような大きめのサイズのもので、中身は空だった。何故か隣にはワインを開けるためのソムリエナイフまである。
 声を落として、皆には内緒だよ、と囁いたアメリカの言葉に女性職員は軽やかに笑い、承知いたしました、と執務室から下がって行った。
「なんだ? 俺に何を飲ませてくれるんだ?」
 アメリカはデスクの下から、ワインボトルを出した。アメリカは仕事中はアルコールを口にするタイプではないのに、珍しい。しかも、飲むとしたら口当たりのいい、ビールやカクテルくらいしか飲んでいるのを見たことがなかった。
「このクソ暑ぃのにフルボディの?」
 あまりにも予想外で、とっさに皮肉しか出てこなかった。深々とため息をつきながら、アメリカはボトルをテーブルに置いて、元のソファに腰を落ち着かせる。
「君の職場と違って、普通、アルコールなんて執務室に置いておくわけないだろう? この部屋で、アルコールが入ってるのはこれしか置いてないんだぞ」
 アメリカはボトルを抱えて、瓶上部のキャップシールを剥いていく。あまり慣れている手つきとはいえず、見ているうちに次第に我慢しきれなくなって、イギリスは両手を差し出して、貸せ、とアピールした。
 何かにつけてイギリスに親面をされるのが嫌いなアメリカに、飲み慣れている奴に任せた方がいいだろう、という言葉は付け足しておいた。
 一瞬アメリカにじろりと睨まれたが、ん、ともう一度深々とイギリスが頷くと、しぶしぶボトルとナイフを渡してくれた。
 ボトルはひんやりとしていた。ボトルが汗をかいているから、室温で冷やされているのではなく、小型のワインクーラーのようなもので冷やされていたようだ。手渡されたワインの銘柄は、イギリスの知らない銘柄のものだった。フランス産でもイタリア産でもスペイン産でもなさそうだが、イギリスに今飲ませてくれるということは、そのうちの誰かから貰ったものの、普段ワインを飲まないアメリカが処分に困って、ということなら十分想像がついた。
 コルクにスクリューをねじこみ、ワインの中にコルクが入り込まないよう注意しながら刺し込み、慎重にコルクを引き抜く。瓶に詰められていた濃厚な赤ワインの香りが漂い、ごくり、喉が鳴ってしまった。
 ボトルを傾けて中身を確認する。幸い、コルクの破片は中に入らなかったようだ。テーブルのグラスに注ぎ、片方を手に取る。
「乾杯の言葉は何にする?」
 機嫌がまだ斜めのままのアメリカも、同じようにグラスを手にしていた。
「なんでもいいんだぞ。君に任せるよ」
「じゃあ、このクソ暑いところに首都なんて作るな、乾杯!」
 にやりと笑ったイギリスに、アメリカはもの言いたげに口を開きかけたが、変に落ちついた態度でグラスを軽く持ち上げる。
「じゃ、君に。乾杯」
 とんでもない台詞に、ぶは、とむせそうになったが辛うじて堪えた。せっかくせしめたワインがもったいなかったので。ひとくち飲み干し、舌へ広がった味にイギリスは目を白黒する。
「なあ、これ、……アメリカ、」
作品名:I do, I do. 作家名:ひなもと