I do, I do.
きっと、誰に貰ったものであれ、贈答用ならそれなりに値段の張る酒だろう、どうせ酒の味なんて知らないアメリカの出した酒だし、高い酒なら飲み荒らして帰ってやろう、なんて軽く考えていた気分が吹っ飛んだ。
「君、お酒の味覚だけはまともそうだから嫌になるんだぞ」
グラスに落としていた視線をふいに逸らして、アメリカはぽつりと呟いた。
「これ、美味い」
舌触りは絹のようで、口に含んだ時のフルーティな香りはグラスに注いだときの比ではない。カシスやベリー、東洋の香辛料のような味が複雑に交じり合って、けれども不思議と調和の取れた味にまとまっている。
かなり値の張るどころか、滅多に口には出来ないようなヴィンテージ・ワインだ。
「うちで、この州で作ってるワインなんだ。フランスに褒められたよ。お前にしちゃよくがんばったじゃないか、ってさ。美味しいなら美味しいって褒めてくれてもいい気がするけどね」
ワインを呷って、苦笑する顔は、大人びていて眩しい。
「出回る量自体が少なくて、毎年一本を確保するのに苦労してたんだぞ。毎年、君が俺の誕生日に来てくれたら、まあ、せっかく来てくれるんだったら君のために一本くらいは開けてやろうかってさ。なのに君は来るかどうかも分からないし、毎年何だかんだで体調崩してるし! たまーにプレゼント持ってきてくれたと思ったら血を吐いて倒れてるし!」
「……アメリカ」
「俺の誕生日は毎年あるのに、君のはないのは不公平だから、俺の誕生日が来るたびに寝込んでる奴の快気祝いに贈ってもいいかな、とも思ってたんだよ、イギリス」
アメリカは早口で捲くし立ててから、またグラスを傾ける。その頬は赤い。たぶん、自分の顔も似たようなものだろう。
「……毎年、用意してくれてたのか?」
「うん。毎年、毎年ね。やっと、ひとつ開けられたんだぞ」
君が毎年倒れてるせいだぞ。アメリカは笑って、空色の瞳を和らげる。
「2032年に飲み頃になるっていうワインも手に入ったんだ。2007年、品質も最高だから最高の相手と一緒に開けてくれって教わったんだよ!」
グラスを傾けて、アメリカは一息ついたように両目をつぶった。ワインの味なんてお前知らないねえだろ、ガキ、と茶化そうとしていた気持ちは跡形も無くしぼんでいた。代わりに覚えたのは、泣きたくなるほどの、あたたかさだ。アメリカに強く抱きしめられているときに感じるのと同じ種類の。
「俺の300回目の誕生日、2076年に開けるワインはまだ出来てないんだ。……ね、イギリス。俺と飲むワインが出来るのを、一緒に待ってくれるかい?」
きれいな空色の瞳と視線は絡んでいるはずなのに、涙が邪魔してアメリカの輪郭をまともに追えない。涙を拭おうとテーブルにグラスを置いた手を、ふいに捉まれた。
「もう! なんなんだい、もう! Yes、って即答してくれないのかい?」
ぎゅ、と繋いだ手のひらから伝わってくるのは、アメリカの手の震えとつめたい汗だ。Noと断られるのが怖いんだろうか。そう思ったら、急に笑いたくなってきた。
――百年足らず先まで、お前を俺にくれるだって?
だって、それって。
今、どれだけ恥ずかしいことをいっているのか、分かっているんだろうか。
「……! ばぁか、そんなの決まってんだろ、ばかぁ」
照れ隠しに、ばか、しか言えない自分が情けない。恥ずかしい。そんなダメな自分でもいいのだ、といってくれる存在がいとしくて、嬉しくて、涙が勝手に滲んだ。
「あっ、400回目のも、500回目の後も、だよ? その先も、だからね?」
慌てた素振りで付け足される言葉にイギリスは微笑む。
「そーゆーときは、ずっとだって、……いえ、ばか」
せっかく、うれしい言葉ばかりくれるのに、自分の声は涙でしわがれていて、みっともない。
「うん。ずっと、ずーっとだよ! ね、返事は?」
とても簡単なことのように明るく告げられる重さを茶化して笑わずに、同じだけの重さを返そう、と思った。
死にたいほど恥ずかしいけれども、アルコールの入った、ふわふわと空に浮かぶような夢心地の今ならきっと、今までいえなかった言葉も口に出していえるはず。
肩にきつくしがみついて、アメリカの耳元でささやく。
お前だけに誓うと、永遠を閉じ込めた言葉を。
- fin -
作品名:I do, I do. 作家名:ひなもと