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真選組のホワイトデー

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 朝議を行う広間に顔を出すと珍しくいつもより多い人数が集まっていた。いつもならこの時間にはほとんど人がいないので、珍しいなと俺は思いながら人が集まっている壁際に近寄って、ああそうかと納得したのだった。

 毎年この日は、一番大きな広間の壁にひっそりと一枚の紙が貼られる。その貼り紙を見て隊士達が思い思いに話しているようだった。
 その用紙には個人の名前と、それぞれ赤と青の棒グラフが書かれていて、よく見ると名前の下には黒と赤の数字も並んでいる。マイナスが赤い数字になっているようだった。

「やっぱ今年も断トツで副長だな〜」
「あの人は赤も青も飛び抜けてるもんな」
「そういう意味じゃ総合的には沖田隊長のが上じゃねぇ? だって、青あんまないし」
「あー、確かに。しっかし何で沖田隊長の青がこんなに少ないんだ?副長とタメはれるとは思わねぇけど、日頃の暴れっぷりを考えるともうちょい行ってもよさそうだよなー」
「やっぱ副長がタマ避けになってんじゃね? そうか動物っぽいから送っても野生の勘で回避されそうって思ってんのかも」
「俺らはそう思うけど、対外的にはそんな風に思われてねーんじゃねぇ?」
「じゃあ、やっぱ良質なタマ避けのおかげか」
「くそー。今年は絶対沖田隊長もうちょいいくと思ったんだけどなー。あー、負けた負けた」
「何、お前賭けてたの? どっちに?」
「人じゃねぇよ。六対四に賭けてたんだ」
「んだよ、比率かよ」
「だって、一位二位は不動だろもう。だから、微妙に変わる比率で勝負してたんだよ」

 口々に本人達が聞いたらタダじゃ済まなそうな話をポンポンと吐いている。俺は会話には加わらず、耳だけで会話を拾って目線を貼り紙に滑らせる。結果は見なくても、俺にはだいたい予想がついていた。だってこのデータの集計をしたのは違う人達だけど、集めたというか実物のチェックをしたのは俺達監察なのだ。
 今、みんなが肴にしている貼り紙。これが何のデータなのかというと、ちょうど一月前の二月十四日、バレンタインデーというお祭りの成果ってやつだった。


 最初はこんな風にデータにして貼り出したりはしなかった。何年前からかは忘れたけど、飽き飽きする作業の中で監察の誰かが面白がって作ったのが始まりだったと思う。
 それを面白がった平隊士達の間に出回って騒いでいると、当然のことなのだけど上層部の耳に入ってしまったのだ。でも、運の良いことにバレたのは副長ではなく局長だった。副長だったら、あっという間にビリビリに破かれるか煙草の火で燃やされていたと思う。

 お祭り騒ぎの大好きな局長は、データの説明を受けて豪快に爆笑すると、よし、じゃあ皆で競争だ! と訳のわからないことを言いだした。そんな鶴の一声により、それ以来堂々と広間に貼り出しされるということに決まってしまったのだ。局長が決めたことで、なおかつ皆が盛り上がっているということもあって、副長は苦い顔をしているが止めろとは言わなかった。
 ちなみに棒グラフの赤が本命もしくは義理チョコ、青が攘夷派と思われる皆さんから届く毒物入りのチョコレートの数だった。


 真選組が出来て初めてのバレンタイン。貰ったチョコは全部没収という副長からのお達しが出て、それはもう方々から避難の声が上がりまくった。バレンタインなんて天人が来てから一般に普及した行事だったし、それでなくても田舎で燻っている男所帯の連中だ、あんまり縁がない行司だった。だけど江戸での初めてのバレンタインは、町中がバレンタインに向けて盛り上がっているもんだから、女の子に縁のない連中までがあわよくばチョコが貰えるかも、なんて淡い期待を抱いてしまったのだ。現実はどうあれ、夢を見るのは個人の自由だ。その個人のささやかな夢を、自由を、端から奪おうという副長はさぞや鬼に見えたに違いない。

 いつにも増して強い反発を、ものともせず副長はあっさりと全部薬物検査すっからと宣った。その言葉に思わず固まった一同だったけど、副長はさも当然という風であったし、撤回する気なんて当然ないようだった。
 副長の決定事項に逆らえるのは局長だけで、それにしても勝率は低めじゃないかと思う。最初は文句を言ってた奴等も、自分だけでなく皆が貰えないのであればと納得したようだった。それに、無駄だとわかれば来年からは普通にバレンタインを楽しめるかもしれないと思っている者が大半であった。

 ところが、である。屯所宛へ届いたチョコや隊士が個人的に受け取ったチョコまで、全てをリストにして薬物検査をするようにと副長に言われた優秀な監察方は、その結果に驚いた。
 だって、次から次ぎへと出てきたのだ。毒入りチョコレートが。危険度としても、致死量に達していないものから、即死ものまで色々だった。それどころか最初からバレてもいいのか単なる嫌がらせか、あからさまに異物(釘なんてチョコから思い切り飛び出していた)が入っている物もあった。チョコは個人宛であったり組宛だったりと様々だったけど、個人宛で熱烈な毒入りチョコが一番多く届いたのは副長その人だった。

 憎まれ役を買って出ているので、当然と言えば当然なのかもしれないけど、本命チョコに混ざってうっかり食べる率が高いと思われてるのかもしれないと俺は思っていた。口に出したら、色んな所から攻撃が飛んできそうなのでひっそり心の中だけで。俺はうっかりして見えるけど、彼なりに自制心を働かせているのだ。思ったまましゃべっていたら、今以上に直属上司からのパワハラに悩んでいたことだろう。
 かくして、真選組では普通のバレンタインは行われることなく、間違った楽しみ方をされるようになったのだった。


 ちなみに点数の付け方は赤から青を引いたもののようだ。名前の下の数字はその結果で、ほぼ全員マイナスで真っ赤になっている。いつも真っ赤になるのに、どういう訳かこの方法がいつも取られるのだ。あくまでも基準は赤い本命や義理チョコといった女の子から貰ったチョコということらしい。

 この赤いグラフは、届けられる毒物チョコのせいで埋もれてしまう一部の真剣な女の子の気持ちを切り捨てられなかった為に慰め程度に数えられていたのだ。それが、今ではどっちがメインなのかわからないまでになっている。男としてどうしても気になる所のようだった。

 ダントツで攘夷派の皆さんの心をわし掴んでいる一番人気の副長は、同時に女性からも人気があった。青に並んで赤い棒グラフも高い数値を示している。
 青一番人気は副長で、二番手は局長だ。後は真選組全体へのチョコが続いてその後ぐらいに各隊の隊長が続く。

 赤になると、一番人気はやっぱり副長で次いで沖田さん、その他に関してはドングリの背比べだ。ようするに、赤は副長と沖田さんでほぼ占められているということ。この結果を見ると、所詮顔なんだなぁとしみじみ思ってしまうのだった。
作品名:真選組のホワイトデー 作家名:高梨チナ